きらきら
朝はいつも通りに訪れて、夜は静かに更けていく。
そんな毎日は、まるで夢のようだと思っていた。
ここが夢の世界ならば、現実なのだろう。
見上げれば、空に散らばる星は、その顔ぶれをかえていた。
しばらく雨が続いていたので、久しぶりの星空だ。
紺色の空を見つめていると、視界に自らの白い息が入った。
陽が出ている時ですら寒く、夜は更に冷え、感覚的にはまだまだ冬だ。残暑という言葉があるならば、残冬というのもあるのだろう。冬が残っている、というのがまさに今にぴったりだった。
しかし、空はすでに春だ。
人の感覚という不確かなものとは違って、確実に絶対的に刻まれていく時が見える。
もう、あれから九年だ。
人生の半分近く、彼女を求めている。そしてすぐに、人生の大部分になるのだろう。
役者は揃いつつあるのに、彼女だけいない。
道を間違えただろうか。
「…………」
孔明は戸を閉めた。
明日が来るなら、久しぶりの晴天だ。
彼女はいつも光の中にいる。
孔明は胸をぎゅっと押さえた。
どくんどくんと心臓が大きく脈打っている。
眩しくて目をすがめながらも、視線を逸らせなかった。
期待が湧いて広がり、先走りそうになる衝動をどうにか堪える。
光の中心に、彼女がいた。
その姿を見て、体中から力が抜ける。
ああ、この道で良かったんだ。
この道で。
空は、春の星が輝いている。
また季節は一巡りしていた。
去年と同じ顔ぶれだけれど違う空。
同じ春ではなく、時は進んでいる。
去年の今頃は何をしていただろうかと、孔明はふと思った。
「孔明さん?」
そのとき、背後から声をかけられ、孔明は振り返る。
「そんな薄着でいると、風邪引きますよ」
花が上着を持って、孔明がごろりと横になっている廊下に出てきた。
すでに廊下で寝転がることを注意してこない。
花が譲歩した点だ。
共に暮らせば、お互い自分の主張を緩めなければならないことも出てくる。花は孔明にきちんとするよう強く求めるのをやめたし、孔明は花の意に沿うよう少しは生活態度を正しているつもりだ。
「空がどうかしました?」
孔明がじっと星を見ているのを、花は見ていたのだろう。その顔は心配そうだった。孔明が星空に何かを見出したと思っているのだろう。
孔明はむくりと起き上がった。
「もう春だなあと思って」
そして、のんびりと言う。本当に、それ以外に何も思っていなかったのだが、花に伝わるかが大切だ。
花は孔明の言葉に、一瞬不可解そうな顔をしたが、すぐに納得したように笑顔を浮かべた。
「星ですか?」
「うん、そうだよ。もう春だ」
孔明が空を見上げると、花もつられて顔を上げる。
今日は久しぶりの晴天だ。昼間は雨だったのだが、夜になって晴れて、きれいな星空になった。
春の星だ。
「早く陽気も空に追いついて、暖かくなるといいですね」
花の言葉に、孔明は少し驚いた。まさか同じことを思う人間がいるなど、思わなかったのだ。
けれど、花が同じことを感じてくれて嬉しい。
それが花で嬉しかった。
「そうだねえ。昼寝にちょうどいいよねえ」
「孔明さん」
浮かれた心の内を隠す孔明の発言は不用意で、花の声が少し険しくなる。
「そういえば、昼間、玄徳さんの使いの方が来て、孔明さんを探していました。今日はお城に行くって言ってましたよね? どこに行っていたんですか?」
「えーっと……」
余計なことを思い出させてしまったようだ。花の顔が怖い。
孔明はどう返事をしようかと、考えを巡らせた。
花は、ここはまだ譲歩してくれないらしい。
「あ……」
花のお説教を聞き流しながら、孔明は思い出した。
去年の今頃も、こんな会話をしていた。
おかしくて、つい笑ってしまう。
すると、花の方から寒波が押し寄せてきた。
「孔明さん! 何がおかしいんですか!」
花の怒った声に、孔明は、ごめんごめんと謝りながらも、笑い続けてしまう。
これが笑わずにいられるだろうか。
なんて平和なのだろう。
明日は晴れる。
きっと、春の気をはらんだ陽の光が射して、暖かくなるだろう。
君がいる。
世界はきらきらと輝いている。
なんて、愛しい、素晴らしい日々だろう。