【サンプルその1】
キラキラと虹色に輝く星空のような光の海。
明星スバルは、それをステージの上から見つめていた。
びっくりするほどきれいで、たぶん人生で初めて、「光景に目を奪われる」ということを体験した。
胸がドキドキしている。ものすごく興奮している。
とても、とても美しい光。
そして、最後の音が消えたとき、大歓声が上がった。
熱気が押し寄せてくる。予感。期待。――今、何かとんでもないことが起こるのではないかという、興奮。
それらを浴びるほどに感じる。確かにこのステージの前は、自分もそのつもりでいた。でも、歌い出したら、そんなことは飛んでいた。
ただ、楽しくて。
わくわくして。
全力で駆け抜けた。
隣を見れば、仲間たちも興奮した顔でサイリウムが振られる会場を見つめていた。満足そうで、やっぱり楽しそうだった。自分も同じ顔をしていることだろう。
パフォーマンスの間、みんなからも、負かしてやろうとか勝たなくてはいけないとか、そんなものは感じなかった。ただ『Trickstar』の、自分たちの歌を踊りを全力でやった。
きっと、見てくれた生徒たちにも伝わったはずだ。
楽しいだろう? って。
アイドルは楽しくて、ハッピーなものだろう?
いっしょにキラキラしよう――って。
一番前の席のあの子を見れば、興奮した顔で、誰よりもたくさんサイリウムを振っている。
それだけで、何倍にも心が舞い上がった。
楽しんでくれたんだ。
それなら大丈夫。
目が合うと、嬉しそうに顔を輝かせて余計に光を撒いた。
キラキラと。
――ああ、これだ。
突然、すとんと胸に落ちる。
ずっと、キラキラしたものが好きだった。
キラキラしているものは幸せだから。キラキラしているものは幸せにしてくれるから。
だから、どんなものでもキラキラしているものを求めていた。
どのキラキラもきれいだった。
けど、集めたどれも違っていた。
求めていたのは、欲しかったのは、これだ。
「『Trickstar』!!」
講堂にその名が響く。
勝利の判定に、歓声が轟いた。
『Trickstar』が、生徒会副会長率いる『紅月』に勝った、その日。
その日が、人生で最高の日だったのだろう。
【サンプルその2】
今日は四月にしてはひどく冷えて、吐く息が白くなる。季節的には花冷えというのだろうが、桜はまだ咲いていなかった。今年はだいぶ遅い。
息がはっきりと見えるようになったのは、陽が沈んで暗くなったからだ。
あんずは学院内を歩き回っていた。あの後、いくら待ってもスバルが戻ってこなかったので、迷った末に探しに行くことにしたのだ。スバルは迷惑かもしれないが、心配だった。
練習室を出たときはすでに陽が暮れて、夜になりかけていた空は、今やほとんど夜だ。そうなるまで学院内を見て回ったが、スバルは見つからなかった。あんずには、零からもらった学院中の鍵が開けられるマスターキーがあるから確認できていないところは――生徒会室など探しても仕方のないところは除いて――ないはずだ。
(帰っちゃったのかな……)
スバルのカバンは練習室に置いてあった。スマートフォンもその中に入っているらしく、あんずがメッセージを送ったら、カバンの中から音がした。だから、自力で探すしかなくてこうして歩き回っているのだが、全て置いて帰ってしまったという可能性はある。
どんどん見ていないところがなくなって、その可能性が大きくなるにつれ、あんずの足取りは重くなった。
(あ……)
そんな中で、ちょうど正門の近くを通りかかったときだった。車のライトに照らされた、明るい門の前にいる生徒たちを見つけて、あんずは足を止める。
「会長、もう暗くて寒いから、あったかくしてね。いっぱい動いたからいっぱい休んでね」
「ふふ、桃李は優しいね」
高校生にしては高くかわいらしい声と、それに応えるとても美しい声。
ぞくりとして、体が強張った。持っていた袋をぎゅっと握りしめてしまう。
『皇帝』天祥院英智と、姫宮桃李だ。桃李の傍らには伏見弓弦がいる。会長と呼びかけているけれども、生徒会ではない。副会長の蓮巳敬人や真緒の姿はなく、その代わりに、特徴的な長髪とブレザーの日々樹渉がいた。
『fine』だ。
不意の「敵」との遭遇に全身が緊張した。
幸い、北斗の姿はない。『fine』と一緒に『fine』としている北斗なんて見たくないから良かった。
彼らは、レッスンをして帰るところなのかもしれない。
学院最強の『fine』も練習するのだなと思って、そんなことよりも、気づかれないうちに立ち去らなければと思い至り、あんずは息を潜めてそっと遠ざかろうとした。
と、そのとき、ふいに振り返った英智と目が合った――ような気がした。ぞくりと総毛立ったから確かだと思う。けれど、ような気がした、と思うのは、英智の目が、まるで木でも見るかのように無関心に逸れていったからだ。
英智はそのまま停まっていた黒塗りの大きな車の中に入っていく。
(眼中にないんだ、私なんか)
わかっていたことだが、とてつもなく緊張しただけに拍子抜けした。英智の目には、あんずなど見えていないのだろう。数に入っていない。ただの誤差だ。それを、屈辱的とも悔しいとも思わなかった。あんずは、権力も財力も、残念ながら知力なんかも持ち合わせていない、ただの普通の女の子だ。それは自分自身がいちばん知っている。プロデューサーでもなんでもない、ただの『Trickstar』が好きなだけの「転校生」でしかない。『皇帝』の敵にはなりえない。
桃李と弓弦が、別の車に乗り込んで去っていく。
あっという間に、渉だけになった。
車のライトがなくなって門の付近も暗くなったが、ひとりになった渉は月の明かりを浴びていた。まるでスポットライトのようだ。丈の長いブレザーがゆったりと風に舞う。
渉は零と同じくらい長身だが、体重を感じさせず空気のようで、でも、ひどく目を奪われる、不思議なひとだった。北斗は変態だから近づくなと言っていたが、あんずは機会があったら話をしてみたいと思っていた。しかし、『DDD』が終わるまでは、この距離でいるのがいいのだろう。
渉は『fine』だ。
あんずはそっと足を引く。渉はずっとこちらに背を向けているから、あんずに気づいていないはずだ。このまま立ち去ろうと静かに踵を返す。
そうして、振り返った先は真っ暗だった。明るく照らされていた『fine』がいたところとは大違いの、飲み込まれてしまいそうな闇に、あんずは思わず尻込みする。
(『fine』は……仲が良さそうだったな……)
さきほどの四人の様子が脳裏を過ぎった。桃李と英智のやりとりは心のこもったものだったし、渉と弓弦もそれを微笑ましそうに見守っていた。
『Trickstar』を踏み潰しておきながら、英智は、自分のあたたかいユニットで楽しく過ごしているなんて、悔しくて理不尽で涙がこみ上げてくる。
でも、泣いたら駄目だ。スバルの方が泣きたいだろうから、あんずが泣いては駄目だと思う。それに、きっとこれが、英智の言う大人の――強者は明るいところに、弱者は暗いところにという――世界なのだろう。ならば、それに対して泣きたくない。『fine』の与える世界よりも、『Trickstar』と一緒の世界がいい。
あんずは、目の縁に滲んでしまった涙を拭い、スバル探しを再開しようと顔を上げる。さっきよりももっと強く、スバルに会いたくなっていた。
(よし)
真っ暗な先に目を据える。