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鍋パーティー

 

「ナベ?」
 その言葉はもちろん知っている。だが、花が言っているのは、そのことではないようで、亮は聞き返した。
 「鍋にする」と、花は言ったのだ。
 意味がわからない。
「今日は寒いから、あったまるよ」
 しかし、花は亮の戸惑いに気づかず、楽しげにそんなことを言った。
 その手元には、色々な食材が入れられて煮られている鍋がある。
 おそらく、花の国で、この料理を「鍋」と呼ぶのだろうと、亮は見当をつけた。
 ややこしい。
「うまそうな匂いだな!」
「道士様! ナベできた?」
 そこに、 晏而と季翔が、ひょっこりと現れた。
 亮は思わず顔を顰めてしまう。せっかく花と二人きりの時間だったのに、台無しだ。
 しかし、女性の花と子供の亮の分にしては、鍋の中の食材の量が多すぎるので、このことは予想ずみだったが。
「どうして晏而たちが来るの?」
 つい憎まれ口を叩いてしまう。
「もちろん、道士様に呼ばれたからだ」
 そんな亮に、晏而は大人げなく勝利の笑みを向けてきた。
 亮は、頬をひきつらせる。
「道士様の手料理!」
 睨み合う晏而と亮に気づかず、季翔が嬉しそうに叫んだ。
「鍋は大勢で食べた方が楽しいですから」
 そして、その花の言葉で、亮は何も言えなくなってしまう。
 食事の間だけ停戦で、片づけは全て押し付けようと決めた。
「あー、晏而、肉ばっかり食うなよ!」
「それはてめぇだろ!」
 晏而と季翔は意地汚く、肉の取り合いをしている。
 亮は大いに呆れて、そっと白菜を食べた。
 けれど、ちらりと窺えば、花は楽しそうに笑っている。
「たくさん頂いたので、大丈夫ですよ」
「道士様、もう全部いれちゃお!」
「ああ、そうだな。どうせ全部食うんだ」
 肉が少なくなった鍋の中に、また山盛りの肉が投入された。亮には、見ているだけで胸やけを起こしそうな量だ。
 しかし、確かに、二人きりの食事ではこのにぎやかさはない。花も楽しそうだし、たまには大目に見ようと、亮は黙って豆腐を食べる。
「亮、お前は肉食っとけ」
 季翔の箸の先から肉を奪った晏而が、それを亮の皿に放り込んだ。
 一枚ではなく、四、五枚一気にだ。
 こんもりと山になった肉に、亮は眉根を寄せる。
「こんなにいらない」
「いいから食っとけ」
「いらないなら俺が食う!」
「お前はつゆでも飲んでろ!」
 横から季翔が肉を奪おうとすると、晏而の鉄拳が飛んだ。
 山盛りの肉に、亮はためいきをつく。
 しかし、湯気の向こうで、花が笑っていた。
 それを見ると、怒る気が失せてしまう。
 花が笑っているから許すが、次はない、と亮にしては大きな寛容を見せて、亮は肉を口の中に放り込んだ。


「っくしゅ」
 花のくしゃみに、孔明は顔を上げた。
 今日はひどく寒い。部屋の中でも吐く息が白かった。
 長椅子に並んで座って、孔明は読書、花は編み物をしていたが、花は時折手を止めて、手に息をかけていた。
 暖房をつけてはいるが、どうも寒い。
 孔明は書物を脇に置いた。
「花、手を貸して」
「はい?」
 孔明の唐突な呼びかけにもかかわらず、花は首を傾げながらも素直に手を差し出す。
 孔明はそれを握りしめた。
「冷たすぎる」
「孔明さんもです」
 あまりに冷たい花の手に、孔明は顔を顰める。
 しかし、花も同じような顔をした。
「うん、確かに」
 花の指摘通り、孔明の手も冷たく、花の手を温められるとは言えない。
 こんな寒い日は、いいものがあったはず、と孔明は記憶をたどって、思い出した。
「今日は鍋にしようか。あれあったまるよね」
 あったかい湯気が立ち上るにぎやかな食卓。遠い思い出だ。
「お鍋いいですね!」
 花も笑顔で頷いている。
 今日の夕飯は決まりだ。鍋はおいしい。
「……あ、晏而さんたちも呼びましょうか?」
「は?」
 その突拍子もない提案に、孔明は思わず素で聞き返してしまった。
「鍋は人数多い方が楽しくないですか?」
 そんな孔明の反応に、花は少し語気が弱くなる。
 それは、昔も聞いた。
 あのときは、花を独り占めする権利はなかったから、何も言えなかった。
 だが、昔と今では違うのだ。
「やだ。無理」
「無理ってなんですか」
 花は、不可解そうに眉根を寄せている。
 そんな顔をされても、無理なものは無理だ。花との時間を共有するつもりはない。
「ああ、でも、名前出すとさ、嫌な予感、というか……」
 しかし、言いながら、孔明は、嫌な予感が心の中に広がっていくのを感じた。こういう予感はよく当たる。
 そして、まるで孔明の言葉に応じるように、家の呼び鈴が鳴った。
 孔明と花は顔を見合わせる。
 これは、きっと、予感的中ということなのだろう。
 孔明は大きくため息をついた。

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