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Category: 乙女ゲーム

茜さす(剣君:左香)

剣が君/左京さん幸魂

昼寝をいっしょに(あやかしごはん:謡凛)

 午後のぽかぽかとした陽射しが、ぽんぽこりん二階の居間に差し込んでいる。昼寝にはもってこいの陽気で、謡は昼ごはんの片づけを終えると、いそいそとその一等地に寝転がった。すぐに心地よい睡魔はやってくる。謡はもちろん抵抗などせずにそれに身を委ねた。


「ん……」
 眠りからゆっくりと目覚めた。寝覚めはいい方なので、すぐに眠気は消える。ぱちりと目を開けて、見開いた。
 すぐ隣に凛がいた。謡の方に顔を向けて横向きに眠っている。
 近い。ふたりの間は拳ひとつ分もない。
「っ~~~!!」
 謡は思わず叫びそうになって、慌てて手で口を塞いでしのいだ。
(な、なななんで、こいつがここに……!)
 安眠から一転、心臓がばくばくと限界まで鼓動を速めている。
 凛は気持ちよさそうに眠っていた。陽射しがやさしくその柔らかな白い頬に当たっている。
 ふわふわと光が舞う中、ぐっすり眠っている凛を見ていると、どきどきだけではなく、心の中にあったかいものが広がった。自分の隣で、安心して眠ってくれている。そのことがとてもしあわせだ。
 謡は上半身を起こし肘をついて頭を支える。そうして、凛の寝顔をもっとよく見つめた。
(へへ……)
 心があったかすぎてこそばゆい。いつまででも寝顔を見ていたい。凛といるとどきどきするけれど、それだけでなくこうしてあったかい気持ちになれた。見つめているだけで幸せで、けれど、ずっと見ていると、やっぱり足りなくなって触れたくなる。頬や髪に触れたり、抱きしめたくなる。
 こんな気持ちを、誰かに――しかも人間に――抱いたのははじめてで戸惑いもあるのだが、それは凛が特別であるという証、凛をきちんと想っている証にも思えていた。
 抱きしめるのはやりすぎだろうが、頬に少し触るくらいならいいだろう。その資格はあるはずだし、凛も嫌だとは思わないはずだ。
 言い訳めいたことを心の中に並べながら、謡は凛の頬へそろそろと手を伸ばした。
「ん……」
 しかし、その手がまさに頬に触れようとした瞬間、凛が小さく身じろいだ。
(っ!!)
 驚いた謡はわずかに飛び上がったものの、どうにか手を止めることができた。
(お、起きたのか……!?)
 なんというタイミングかと、驚かされてどきどきしている胸をおさえながら、凛を窺う。
 だが、凛は目覚めたわけではなかったようで、
「ん……うた……」
と、謡の名を呼んで、身を丸めた。
 寝ているのに名を呼ばれて、謡はさらにどきどきした。
 凛の夢の中にいるのだろうか。それはどんな夢なのだろう。
 そう気になって見つめていたら、凛の手が何かを求めるように伸ばされた。それはゆっくりと謡へと近づいてくる。
(え……)
 謡が凝視している間に、その手は謡のパーカーに届いた。まるでそれが目的のものだったかのように、ぎゅっと掴む。そして、凛は寝ているというのに、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「!」
 謡は口を押さえる。
 心臓が飛び出てしまうのではないかと思うほど、どきりとした。
(か、かわ……)
 嬉しさと恥ずかしさと愛しさ、それにわけがわからない色んな感情が体の中を逆巻き、頭のてっぺんから噴き出す。凛をめちゃくちゃに抱きしめたい衝動に駆られた。
(だ、駄目だ、オレ!)
 それをどうにかこうにか堪えて、謡ははあはあと肩で息をする。
 謡の大いなる動揺など知らず、凛はのんきに眠り続けている。
 謡は恨みがましく凛を見た。悔しいが可愛い。しかし、少し不安がもたげてくる。もし、隣にいるのが謡でなくても、凛は寝ぼけて同じようなことをするのだろうか。
(それは嫌だ)
 こんな姿を、他の誰にも見せたくない。凛が握りしめるのは自分だけがいい。自分にだけ甘えてほしい。
 むくむくと湧いてきた強い独占欲に、我が事ながら戸惑う。子ども染みているのか狭量なのか、それともこれが普通なのかわからない。けれど、それははっきりとある気持ちだった。
(……と、とかにく、居間で昼寝禁止だ!)
 謡はひとまず手に余る感情から目を背けて、凛を見た。このままここにいたら、誰がやって来るかわからない。凛を隠すのが先だ。
 謡は、凛を起こさないように細心の注意を払って抱き上げる。やせっぽちの体は驚くほど軽い。体重だけでなく、枝のように細い手足やうすい肩にも、謡は心配になる。
(最近はよく食うのにな)
 もっと一緒にごはんを食べようと思った。今もほとんど三食一緒に食べているけれど、これからもっと一緒に。そして、そのとき、こっそり凛の分は大盛りにして、凛に食べさせるのだ。気づかれないように、盛る量を少しずつ増やしていけば、凛も怪しまないに違いない。
(オレ様天才!)
 自分の考えにほくそ笑んだとき、ちょうど三階に着いた。
 同時に重大な問題に直面した。
(う……)
 凛の部屋と自分の部屋。どちらに行けばいいのだろう。
 凛の部屋に連れていくとなると、その部屋に留まるのはあまりよくないように思う。かといって、自分の部屋に凛を連れて行くのはもっとよくないのだろう。けれど、謡はまだ凛と一緒にいたかった。できればもう一眠りしたい。これらを解決する道は、回れ右をして居間に戻る、のように思ったが、それもできない。
 謡が固まっていると、凛がゆっくりと瞬きをして目を開けた。
「ん……ふぁ……」
「わ、悪い、起こしちまったか」
「謡? え、きゃ、な、なに!?」
 凛は、謡を見て首を傾げかけ、それから自分の置かれている状況に気づいて、顔を真っ赤にして慌てた。
「あ、暴れんな。落としちまうだろ」
 この程度で恥ずかしがるのが可愛いなと思いつつ、謡は凛を諌める。本当は、凛のかよわい力で暴れられたくらいで、その軽い体を落とすようなことは絶対にないのだが、動かないでいてくれた方が安全なのは確かなのでそう言った。
「え、あ、ご、ごめんなさい」
 勝手に抱え上げられているというのに、凛は謝って大人しくなる。同時に、落ちないようにか、ぎゅっと謡の胸あたりを掴んできた。
 その手が可愛い。
 謡は緩んでしまいそうになる顔を、慌てて引き締めた。
「お前、なんであんなところで昼寝してんだよ」
「なんでって……邪魔だった?」
「そうじゃねえ! あ、あんな、誰が通るかもわかんねーところでぐーすか寝るのは不用心だって言ってるんだ。部屋で寝ろ部屋で」
 謡が言うと、凛は目を伏せて、少し視線をさまよわせた。それから思い切りをつけたように顔を上げる。
「……う、謡が気持ちよさそうに寝てたから、一緒にお昼寝したいなって思ったの。……部屋でひとりは寂しい」
「なっ……」
 思いがけない凛の言葉に、謡は顔が熱くなる。
 言いたいことを言わないで鬱々としている凛に腹を立てて、思っていることを言えと言ってきたけれど、素直な凛は心臓に悪い。
 謡はふるふると体を震わせて、凛を力のかぎりに抱きしめたい衝動と戦った。かっと熱くなった今の気持ちのまま抱きしめたら、凛が痛いほどに力がこもってしまいそうだった。
「……じゃ、じゃあ、一緒に昼寝してやる。お前の部屋でいいな」
 どうにかそれだけ言えて、謡は凛の部屋へと向かう。
「う、謡、私、歩けるから、おろして」
 抱えられているのが恥ずかしいのか、凛は謡のパーカーを引いてそうお願いしてきた。
「う、うるせー。すぐだからおろすの面倒くせーっつーの!」
 凛を抱えていたいという本音は恥ずかしくて言えないから、謡は乱暴に言い放つ。実際、数歩で凛の部屋だ。凛を抱えたままドアを開け、中に入る。そして、凛をベッドに下ろした。
「ちゃんと布団かけろよ」
 心地よい重みと温かさがなくなって寂しい。そんな気持ちを悟られないように、謡はさっさと床にごろりと寝転がった。
「う、謡……」
 凛はベッドの上で座り込んだまま、頼りなげに謡を見つめてくる。その顔は寂しさを隠していない。
「……う、謡の隣がいい」
「っ!」
 恥ずかしさでいっぱいなのか、まだ眠いのか、目元が熱っぽく潤んでいる。そんな顔でお願いされて、謡はぼんっと爆発した。
 凛は謡の返事を待たずに、枕と毛布を掴むと、するりとベッドからおりて、謡の隣に滑りこむ。
「はい、枕。謡も毛布使おう?」
 そして、ふたりの間に枕を置いて、謡にも毛布をかけてきた。
「ほら」
 自ら先に横になって、ぽんぽんと、枕の空いている部分を叩いて、凛は謡を招く。
 そこに頭を乗せろということはわかった。
 わかったが、できるかどうかは別問題だ。
「ば、ばばば馬鹿!」
 そんなことはどきどきしすぎてできない。
 謡は真っ赤な顔も恥ずかしくて、凛がかけた毛布を払おうとした。
「謡はいや?」
 すると、凛が悲しそうに顔を歪ませる。
(ぐっ……)
 凛にそんな顔をさせてしまったことが申し訳なくなって、謡の手が止まった。嫌なわけがない。だが、承諾しないということは、嫌だと思われても仕方ない。謡は焦れて頭を掻いた。
「あ~くそっ。もうちょっとそっち寄れ」
 そして、結局、凛のお願いを聞き入れた。
「う、うん」
「ああ、落ちるだろ。もうちょっとこっちでいい」
 凛が不安定に上体だけ起こして大きく距離を取ろうとして、枕から落ちそうになるのを見て、謡は慌てて腕を差し入れて頭を支える。
 その腕に、肩から頭だけを上げている体勢が辛くなったのか、ぽふ、と凛の頭が落ちてきた。
 はからずも腕枕状態になってしまって、謡は固まる。
「ご、ごめんなさい」
「い、いい!」
 凛は慌ててまた頭を上げようとするが、謡はそれを押しとどめた。
 このままがいい。どきどきは限界に達しようとしているのに、凛に触れていたい気持ちが勝った。
「お、お前、落ちそうだからこのままでいいよな」
「……う、うん、わかった。ありがとう」
 謡の言い訳に、凛は素直に頷いて礼まで言った。
「そ、それに……俺はこのままがいい」
 謡が心配だけで言っているとしか思っていない凛に後ろめたい気持ちが湧いて、謡は本音を告げる。
「えっ……」
 凛は言葉に詰まって、顔を赤くした。白い頬がさっと朱に染まる様が愛しい。
「な、なんだよ。いいだろ別に。お、お前に触りたいって思ったって! お前は嫌なのかよ」
 謡は照れ隠しに乱暴に言い放つ。ついでにさっき凛に困らされた言葉を返してやった。
「……う、うん……いいよ。……私もこのままがいい」
 すると、凛は顔を真っ赤にしながらも小さく頷き、謡の腕に手を添えて頬をつける。
「お、おう……」
 素直に甘えてくる凛に、謡は返す言葉を失った。お返ししたと思ったのにそれを躱されて、見事なカウンターを決められてしまった。結局、凛にはかなわない。凛にどきどきさせられっぱなしだ。
「どきどきするね」
 凛は、まるで謡の心を見たかのようなことを言って、楽しそうにふふっと笑う。
「謡、おやすみ……」
「え……」
 それから、謡が呆気にとられるほどすぐに眠りに落ちていった。どうやらまだ眠気が勝っていたらしい。寝ぼけての甘えたがりだったようだ。どきどきするね、と言うわりに、全然緊張していない完全にリラックスした寝顔が悔しい。
(お、おやすみって……寝られねえし!!)
 凛とは対照的に、謡の目はぎんぎんに冴えていた。
 凛と一緒にいたいという希望は叶ったが近すぎる。凛の寝息がかかるこの距離で、腕枕をしての昼寝なんてできるはずがない。
 凛を隠したい、独り占めしたいという謡の勝手が招いた事態だから自業自得とはいえ、嬉しいような困ったような状況に、謡は頭を抱えるばかりだった。


おわり

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