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Category: あんスタ

夏祭り(まこあん)

2016.9.4 ブリデ4の無配
トリスタとあんずで夏祭り
※これだけリメンバーにひきずられてちょっとシリアスです

夏祭り(晃あん)

2016.9.4 ブリデ4の無配
軽音部と夏祭りの晃あん

夏祭り(颯あん)

2016.9.4 ブリデ4の無配
颯馬とアドニスとあんずで夏祭り

サマーキャンプの夜(晃あん)

ツイッターで書くお題を決めてもらうという他力本願プレイの2個目あんスタ。
投票では恋戦記がいちばん多かったのですが、全部書いてみようと思っています。残りはめいこいとコドリアです。

この話は投票やる前から書いてたのですが、夏中かけても全然終わらず、ようやく書けたので、これ用にしてしまいました。ずる。申し訳ない!


サマキャンで、晃牙→あんずの恋愛未満こばなし

99.8%

『真くん、今大丈夫だったら、ガーデンテラスにきてもらえますか』


遊木真は、信じられない思いで、そのあんずからのメッセージを見た。
今日は2月14日。紛うことなくバレンタインデー、その日だ。
【ショコラフェス】の自分たちのライブも無事に大成功に終わって、用意したチョコレートも全部もらってもらえた。あれは夢ではない。歌って踊った。お客さんにチョコレートを配った記憶もある。――本当に緊張して手が震えたこともしっかりと。
自分たち――『Trickstar』の出番は午前中で、終わった後は、他のユニットのライブを見たり、放送委員の仕事をしたりで過ごし、今日のプログラムが全て終わって一息ついたところだった。『Trickstar』のみんなやあんずを探しに行こうとした矢先、制服のブレザーのポケットに入れていたスマートフォンが振動して、メッセージの着信を知らせたのだ。
今日はバレンタインデー。その当日の女の子からの呼び出し。『Trickstar』のグループ宛てではない、個人的なメッセージ。あんずは個人的に真に用事がある。
この特別な日に、個人的な用事――そこから導き出される結論に、真の心臓は破裂しそうなほど、どきどきと早鐘を打った。
震える指で、『すぐ行くね』と入力する。
(うわあぁぁあ、どうしよう……!!)
真は顔を耳まで真っ赤に染めながら、ふわふわと覚束ない足取りで、ガーデンテラスに向かった。






「あ、きたきた」
「ウッキ~おそーい」
「どこにいたんだ?」
ガーデンテラスに踏み込むなりかかったにぎやかな声に、真は一瞬、何事かわからなかった。
テラスのテーブルを、『Trickstar』の3人とあんずが囲んでいる。明星スバルは立ち上がって手招きして、衣更真緒はスマートフォンをいじる手を止めて笑顔を向けて、氷鷹北斗は腕組みをしてきまじめに問いかけて、真を迎えた。あんずもふだん通りの笑顔だ。告白への緊張や予定外の闖入者への困惑など見えない。つまり、この状況は予定されていたことで、ひとつ空いているイスは、真の席だろう。
(ああ、だよねー)
真は事態を把握し脱力する。ものすごい緊張から解放されて、膝をつく勢いだった。
あんずの用事は個人的なものではなく、3人はあんずと一緒にいたから、グループ宛てのメッセージではなかったのだ。
(ぼ、僕だけいなかったんだね……!)
寂しいことに気づいてしまい、悲しいやら情けないやらで、眼鏡がずれた。
「ウッキ~、早く座ってよ!」
「ご、ごめん」
力が抜けてその場に突っ立っていたら、スバルに催促されて、真は慌てて眼鏡を直しながら空いているイスに座る。
「見て見て!」
スバルはわくわくした顔で、テーブルの上を指差した。
そこには白い箱が置いてある。
なんだろうと思っている間に、あんずがそれに手をかけた。
「【ショコラフェス】、お疲れさまでした!」
そして、そう言いながら、箱のフタをぱかりと開ける。
現われたのは、星型のチョコレートケーキだった。チョコレートでコーティングされた表面はツヤツヤと輝いて、金箔のようなものが散ってキラキラしている。そのうえにのっているチョコレートの板には『Trickstar』と書かれていた。特製の『Trickstar』ケーキだ。
「うわあ!」
真は感嘆の声を上げた。
これはあんずのお手製なのだろう。自分たちのために、こんな特別なものを用意してくれたことに嬉しさが湧いてくる。
「あんずが作ってくれたんだ」
「『Trickstar』ケーキだ」
真緒と北斗はまるで真に自慢するかのように誇らしげだ。
その気持ちはわかる。こんなにすてきなものを作ってもらえて、胸が弾まないわけがない。
「すごい、すごいよ! ありがとう、あんずちゃん!」
「私も喜んでもらえて嬉しい」
真も興奮してあんずを振り返る。あんずは言葉通り嬉しそうに笑ってくれた。
(あ……やっぱりかわいいな……)
向けられた笑顔にきゅんとときめく。女の子は苦手なのに、なぜかあんずは違うのだ。ずっと特別だった。会話は難しくて後悔してばかりでももっと話したい。笑顔を向けられるとどうしたらいいかわからなくて困ってしまうのに、かわいいなと思って、もっと見たいと思う。
もっと、もっと仲良くなりたいと思うこの気持ちはきっと――。
意識をしたら、どきどきと脈が速まってしまって、真は慌ててあんずから目を逸らした。
「ほ、ほんとうにおいしそうだね!」
色んなことを誤魔化すために、そのままケーキに視線を移して褒めたたえる。
不自然に思われただろうかと心配したが、それは身を乗り出してきたスバルの勢いが吹き飛ばしてくれた。
「でしょでしょ! キラキラしてて最高だよね! 『Ra*bits』のはウサギ型でかわいかったけど、こっちはキラキラしてるからもっと好きだな」
スバルはとても幸せそうだ。いつも以上に顔が輝いている。きっとスバルがこうして喜んでくれるから、あんずもケーキをキラキラさせたのだろう。真が見ても、嬉しくなるような笑顔だから、あんずはもっと嬉しいに違いない。そう思ってあんずを見ると、あんずはやっぱりとても嬉しそうに笑っていた。その笑顔にまた真も幸せな気持ちになる。
「ウッキ~来るまで食べちゃ駄目だって、あんずが言うから待ってたんだぞ~」
「当然だ」
それから唇を尖らせたスバルに、北斗が呆れて言った。
「ついでに紅茶部から紅茶もらって、ティーセット借りたからな。みんな揃ったことだし、お疲れさま会しようぜ」
真緒が無造作に持ち上げるティーポットやカップがやけに高そうなのはそういうわけかと納得するも、それを知ったら知ったで生徒会長の完璧な笑顔がちらついて、真はむやみに緊張してしまう。
あまり茶器に触らないようにしようと決める真の傍らで、スバルが元気に声を上げた。
「ね、食べよう!」
「そうだ。せっかくだから記念写真撮らない?」
それにはっとして、真は提案する。このケーキを写真に残したいし、みんなとこうしている時間も残したい。「撮影」は好きではないけれど、カメラは好きだし、写真も嫌いでないと最近気がついた。
「あ、いいね! ウッキ~たまにいいこと言うよね!」
「あ、明星くんはたまにひどいこと言うよね」
すぐにスバルが賛成してくれたが、ひとこと余計だ。
「あんず、ケーキを持って座ってくれ」
「撮るよー」
あんずにケーキを持たせてイスに座らせ、その周りを真たちで囲む。カメラを持ってきていなかったので、真が腕を伸ばしてスマートフォンで撮った。
「どれどれ」
「お、よく撮れてるな」
念のため2枚撮った後、みんなで画面を覗き込む。
ぶれてもいないし、5人とも笑顔だ。いい写真が撮れた。
「ウッキ~送って~」
「うん、オッケー」
真は4人に画像をシェアしながら、写真を――写真の中の自分を、あらためて見る。
写真の中の自分は、「きれい」ではなくて、ちょっと間が抜けているように見えた。それはポップな色と形の眼鏡のためではなくて、これが遊木真なのだろう。ものすごく楽しそうだ。
(なんだかアホそうだなあ。氷鷹くんの言うとおりかも)
思わず笑みが漏れてしまう。
自分の写真を見て、楽しい気分になるなんて、モデルをやっていた頃は想像もしなかった。みんなと撮る写真は楽しい。これも宝物だ。
真はもう一度だけ見て、スマートフォンをしまった。
「よかったら俺のケーキもみんなで食べてくれよ。結構うまくできたんだ」
「ケーキ? サリ~が作ったの? 食べたい食べたい!」
おのおのが席に戻る中、真緒は座らずに奥へと身を翻す。
「そう。凛月と一緒にだけど」
戻ってきた真緒の手には、あんずが作ったものとは違うチョコレートケーキがあった。
「じゃーん! あんずがカロリーが気になるって言うから、低カロリーでおいしいやつを凛月に考えてもらったんだよ」
「真緒くん! 信じてた!! ありがとう!」
『Trickstar』ケーキの隣にそのケーキを置いた真緒の手を、あんずがひしと握りしめる。
(う、うらやましい! ……でもほんとにおいしそうだ)
あんずに手を握ってもらえていいなと羨む一方、真緒のケーキはシンプルながらもきれいに焼き上がっていてとてもおいしそうなので、そのごほうびも当然と思えた。しかも、事前にあんずの要望を聞いている代物だ。あんずが喜ばないわけがない。
(衣更くんってかっこいいよなあ……)
真緒はとてもスマートだ。気さくで親切で、空気も読めるし、ダンスも上手で、かっこいい男の子の見本のようだ。
(女の子ならなおさらかっこいいって思うよね……うう、あんずちゃんもかなあ……)
自分が女の子だったら真緒にときめくだろうと思える。だとしたらあんずもときめいているかもしれない。そんな想像をして、真は少し落ち込んだ。
「凛月がホワイトデー忘れるなって。あ、俺もな」
「うんうん。もちろん」
真緒は笑ってぽんぽんとあんずの手を叩く。あんずは嬉しそうに頷いた。
(い、衣更くん、なんて自然にホワイトデーの約束を……!)
その流れるように自然な約束に、真は驚愕した。いやもちろん、真緒の対人能力の高さは知っている。だが、こうもさらりと、「こんにちは」くらいの軽さで、ホワイトデーのお返しの約束を取り付けるなど、真には逆立ちしてもできない真似だ。真は信じられない思いで、真緒を見つめた。真緒は、真が思うよりもずっとハイレベルなのだ。
「あ、じゃあじゃあ俺もー! あんずこれもらってよ! 昨日一緒にやってくれたお礼」
そこに、反対側から明るい声が上がる。
真はびくっと肩を震わせてそちらを見た。
スバルが満面の笑みで、かわいらしくラッピングされた包みをあんずに差し出している。
こちらはこちらで、真緒とは違ったベクトルのコミュニケーション力を有した強者だ。
(明星くんもなんてナチュラルに……! あっ、待って待って、ぼ、僕も今がチャンスだ……!)
スバルの流れに乗る上手さに感心しかけて、真ははっと気がついた。
真もあんずにあげるチョコレートを用意している。今、足もとのバッグの中だ。どうやって渡そうかと頭を悩ませていたが、この流れに乗れば、自然に渡すことができる。この機会にあんずへ感謝を伝えたかったのは、みんな同じだったのだ。北斗はライブが終わってすぐにあんずに渡しているので、あとは真だけだ。渡さなかったら、むしろ真だけあげなかった人になってしまう。
(よ、よーし)
真はチョコレートを取り出すためにバッグを掴んだ。
しかし、真より先に、スバルの余計なひと言に、ぴくりと眉を動かした北斗が口を開いて、空気を一変させた。
「なんだと?」
「スバルくん……」
あんずはスバルから包みを受け取りながらも、残念そうな視線を向けている。
「明星、おまえ、昨日、あんずにラッピングを手伝わせたのか? あれはおまえがふざけてばかりいるから、反省させる意味も込めていたというのに」
「あ、あははは」
北斗にきつく睨まれて、スバルはようやく失言に気づいた。
「ほ、北斗くん、私は――」
「あんずは黙っていてくれ」
「はい。ごめんなさい」
フォローしようとするあんずを黙らせて、北斗のお説教が始まる。
「あーあ」
真緒は仕方なさそうに苦笑した。
(うわあ……今は渡せないよね……)
北斗は結構真面目に説教しているし、自分も関係しているからあんずはそわそわとふたりを気にしている。
ここで、チョコレートどうぞなんて差し出せるわけないし、そんなことをされたらあんずも困るだけだろう。
(うう……間が悪いな、僕……)
せめて北斗より先に動けていればと思っても後の祭りだ。真はすごすごとバッグを元に戻した。


スバルへの長いお説教は、真緒のとりなしでどうにか終わり、そのあとは楽しいお疲れさま会になったのだが、真の力では、どうにもチョコレートを渡すタイミングを見つけることも作ることもできないまま、会も終わった。紅茶部から借りた茶器や食器も洗い無事にひとつも欠けることなく返したので、あとは帰るだけだった。
「こんなもんか」
「ああ、戻ろう」
イスを整えて、真緒と北斗がそんな会話をしている。
(ど、どうしよう……)
このままでは帰宅まっしぐらだ。こんなにもバレンタインの雰囲気が満ちた中で、しかも絶好のビッグウェーブがあったにもかかわらず、チョコレートを渡せていないというのに、バレンタインから遠ざかるだけの帰り道、話が途切れないこの面子で、真があんずにチョコレートの件を切り出せる確率は限りなくゼロに近い。それに、渡すならやはり、お祭り感が漂う学院内にいる間だろう。ふつうなら、真が女の子にチョコレートを渡すなどできっこないことなのだが、今の学院は全体がそういう雰囲気だ。光もお世話になっている先輩にチョコレートを用意していた。そんなひとがたくさんいるから、真も紛れられる。確かに少し特別な想いも混じっているけれど、このチョコレートの主成分は感謝だ。あんずに、いつもありがとうと伝えたい。
(そうだ……いつもありがとうって言わなくっちゃ)
真は、バッグのチャックを少し開けて中に手を差し入れ、ちらとあんずを見た。
あんずは、重そうな紙袋を持ち上げようとしている。
真は慌ててバッグを肩に背負い、あんずのもとに行った。
「あんずちゃん、大荷物だね。フェスの小道具? 大丈夫? 持つよ?」
「あ、えっと、これはフェスのものじゃなくて、個人的なものだから、大丈夫だよ」
真が声をかけると、あんずはわずかに慌てたような動きをして、首を横に振る。
それを不思議に思ったものの、あんずが持つには結構大変そうなので、真は重ねて聞いた。
「個人的なもの? でも重そうだし、よければ持つよ?」
「あ、う、うん……」
しかし、やっぱりあんずからは困ったような返事が返ってくる。その反応に、真ははっとした。
「あ、ごめん、僕が触っちゃだめなやつだった?」
「そうじゃないんだけど……申し訳ないから」
「遠慮しなくていいのに。じゃあ、持つね?」
また空気を読めていない発言をしてしまったかと焦ったが、あんずの言葉にほっとして、真は荷物に手を伸ばす。
「あ、ありがとう」
あんずは気が進まないようだったが渡してくれた。
それは、見た目通りずっしりと重量感があった。
興味を引かれた真は、封をしていないし、隠してもいないということは見てもいいのだろうと勝手に判断して、ちらと中を覗く。そして、目を見張った。
紙袋の中には、かわいらしくラッピングされた包みがぎっしりと詰まっていた。いちばん上には、さきほどスバルが渡していた包みがある。つまりこれは全て――。
「も、もしかして、これ、チョコレート?」
「う、ん」
真が恐る恐る尋ねると、あんずは気まずそうに頷いた。
(うわー……!)
あんずが頑なに遠慮し、微妙な反応をするわけだと、納得する。
これは「個人的な」中でも、最も個人的な荷物であるし、この数から推しはかるに、知り合いの中であげていないのは真くらいかもしれない。気まずいのは真だ。
「モ、モテモテちゃんだね……はは」
乾いた笑いが口からこぼれる。
この時点であんずにチョコレートをあげていないなんて、あんずに感謝を抱いていないことを表明しているようなものだ。しかし、これはチャンスでもある。思いがけずチョコレートの話題になった今、実は僕も用意していたんだ、と渡すのはおかしくない。
(でも……)
ただ、手の中のずしりとした重みが、真の心を押し潰していた。バレンタインという浮かれた気分も、あんずにあげようというそわそわした気持ちも、いっしょくたに潰れている。こんなにたくさんもらっていたら、真があげてもあげなくても同じだろう。砂浜の砂粒のようなもので、あってもなくても変わらない。それに、今でもこれほどかさばって重いのに、真があげたら荷物を増やしてしまうことになる。これ以上は迷惑に違いない。
「そっかあ……」
真はため息をついた。せっかく作ったけれど、用意したチョコレートは真の胃袋に入ることに決定だ。
「や、やっぱり、自分で持つ」
そのため息を聞きつけて、あんずは紙袋を取り戻そうと手を伸ばしてくる。
「ごめん。今のは違うから! 大丈夫!」
真は慌てて笑顔を作って、あんずの手を避けた。ちょっと気が塞いでしまったのは自分のせいで、この紙袋を持つことは全く憂うつではない。
手が空ぶって、あんずは眉根を寄せた。
真の言葉が本当か探るように、じっと見つめてきたので、真は恥ずかしくなって目を逸らす。
「み、見つめられると困っちゃうな」
「……じゃあ、真くんの荷物持つ」
ただ真に持たせるばかりでは気が引けたのか、あんずは、真が肩にかけているデイバッグに手をかけた。
「大丈夫。気にしないでいいから」
「でも……」
「ほんとにほんとで大丈夫だよ!」
申し訳なさそうなあんずに笑顔で言って、真は体を揺すってあんずの手を振り払おうとする。
「あっ」
真のためらいから半分ほどチャックが開いていたところに、あんずが手をかけていたため、その拍子にバッグは大きく開き、中から唯一の荷物が飛び出して、ふたりの間にぽとりと落ちた。
ぽとりと。
(!!)
きれいにラッピングしたそれはあんずへのチョコレートだ。
あまりのできごとに、真は固まった。
あんずもなぜか同様に固まって、それを凝視している。
ふたりの視線を一身に集めたチョコレートは、当然ながら無言だ。
「あ……え、と……」
誤魔化せ、乗り切れ、と焦った頭が真を煽る。しかし、ここまでこれを渡すタイミングを作れなかったのに、この決定的にピンチな状況で、うまい誤魔化しなんて浮かんでくるはずもない。口は意味をなさない単語を発するだけで、頭は空転するばかりだ。
先に動いたのは、やっぱりあんずだった。
「ご、ごごめんなさい!」
慌ててチョコレートの包みを拾い、真に差し出す。
「い、いいの、いいの。気にしないで」
真はそそくさとそれを受け取った。泣き面に蜂とはこのことだろうか。運がなさすぎて泣きたい思いだ。
「でも、特別なものなんでしょう」
あんずは気遣わしげに包みを一瞥して、もう一度、ごめんなさい、と謝った。
「ど、どうしてそれを……!」
真はびっくりしてしまう。
(た、たたた確かに、あんずちゃんのことが好きだから、ちょっとはそんな気持ちもこもっちゃってるかもしれないけど、でも、告白とかそういうつもりじゃなくて、プロデューサーとしてもクラスメイトとしてもお世話になってるから、いつもありがとうって思って作ったのに、な、なんで特別ってばれちゃってるのかな……!)
勢いよく慌てふためく真に、あんずは少し戸惑ったように言った。
「え……だって、チョコレートは学校の受付があるから。これは個人的にもらったものなんでしょう?」
「え?」
あんずの言葉に、真はぴたりと思考を止める。それからあんずの誤解に気づいて、今度はぶんぶんと首を横に振った。
学院の生徒へのチョコレートは、学院が公式に窓口を設けていて、個人的に渡さないルールになっている。本来は、アイドルからお客さんに渡すフェスなのだが、そうはいってもチョコレートを渡したい女の子はたくさんいて、実際に持ってきてしまうため、学校がそのような対応をしていた。そのルールを外れて持っているチョコレートだから特別なものだと、あんずは思ったのだろう。特別な子にもらったものだと思ってしまっている。
よりによって、いちばん誤解されたくないあんずに誤解されてしまった。
特別なのは、あんずだけなのに――。
これは絶対に否定しなくてはいけないと、真は必死に言う。
「ち、違うよ! 違う! これはもらったものじゃなくて、あんずちゃんにあげようと思っ……っ!」
「え?」
そして、つい本当のことを口走ってしまって、真は息を飲んだ。
今度は、あんずがきょとんとする番だった。
「あああ、じゃなくて、これは自分チョコだから!」
真は無理矢理軌道修正して言い切る。
しかし、もちろん、誤魔化せるはずがない。
なんともいえない、気まずい沈黙が広がる。
「…………………………くれないの?」
数十秒の間の後、あんずが恐る恐るといった様子で言った。
真は観念する。
「……こんなにもらってて、これ以上増えても荷物になるだけで迷惑だと思うから……」
「迷惑なんかじゃないよ?」
あんずは驚いたように目を丸くして、強く首を振る。
「真くんからもらえるなら、すごく嬉しい」
それから、ほんとうに嬉しいことのように、ふわりと笑った。
(うわ……!)
その女の子らしい柔らかい笑顔に、真の心臓がどきんと跳ねる。その鼓動で一瞬にして沸騰した血液が頭に昇り、爆発した。
「だ、駄目だよ!!」
「え、なにが?」
突然悲鳴じみた声を上げながら顔を背ける真に、あんずは困惑している。当然だ。だが、それに説明することも、挙動不審さを収めることもできず、真は顔を背けたままチョコレートの包みをあんずの手に押しつけた。
「こ、これはあげるから! そんなふうに笑わないで!」
「え?」
「あ、あんずちゃんがかわいいから緊張しちゃって直視できないよ! ごめんね!」
真は紙袋を持ち上げて、それに顔を押しつける。こうすればあんずの顔は見えないし、赤い顔を見られずに済む。
そうして、真は、あんずの顔がみるみる赤くなっていく様を見逃した。
「ま、真くんもそういうこと言わないで。恥ずかしい……」
「あ、あんずちゃん……?」
あんずの声が震えているのが気になって、真は恐る恐る顔を出す。あんずは真のチョコレートで顔を隠していた。ほんの少しはみ出ている耳が真っ赤だ。
その姿に、あんずをとてもかわいく思って、胸がいっぱいになった。いつもあんずにときめくときよりは頭が真っ白になってしまうのに、今は、ずっと落ち着いていて、ずっとどきどきして、想いが膨らんで胸を押し上げている。
好きだなと思った。
「あんずちゃん、あの――」
荷物を抱え直して空いた右手がゆっくりとあんずの方へと伸びていく。
今、あんずがどんな顔をしているのか見たかった。あんずの顔を見たら、きっと、もっと好きになる。そんな予感がした。だから、顔を隠しているチョコレートの包みをおろしてほしい。
どきどきと鼓動が速まる。期待なのか緊張なのかはわからない。
あと、すこし――真の指先が、あんずの手首に触れるその寸前、ドンと真の背中になにかがぶつかった。
「ぐわっ!?」
「ウッキ~! あんず! なにしてるんだよ~遅いぞ!」
立ち止まっているふたりのもとに駆けてきたスバルが、真の背中に乗っかってきたのだ。背骨が折れるかと思うほどの衝撃に、眼鏡は落ちそうなほどずれ、真は悲鳴を上げたが、スバルは気にせずに、あんずの手の中のものに目を留めて笑った。
「あ、ウッキ~もあんずに渡したんだ。よかった。ウッキ~用意してないかもって、ホッケ~たちと話してたからさ」
「そ、そうなんだ。心配かけてごめんね」
さらりとひどいことを言われたような気がしたが、とりあえず真はずれた眼鏡を直して謝る。
「ま、真くん、変な音したけど、大丈夫?」
「う、うん。どうにか」
心配そうなあんずには、笑ってみせた。
つい一瞬前、あんずと真の間に漂っていた緊張感はきれいさっぱり吹き飛んでいる。真の手は、あんずに触れずに終わってしまった。
真は、ちらりと自分の右手を見る。
残念なような、ほっとしたような、真自身にも判別がつかない気持ちだ。
触れていたら、どうなっていたのだろう。
想いを告げてしまっていただろうか。
その可能性にどきりと心臓が跳ねて、顔が熱くなる。
真は手を握りしめた。
まだ、だめだ。
「ホッケ~とサリ~に置いていかれてちゃうよ! 行こう!」
真がぼんやりしている間に、スバルはあんずの手を取って、連れて行ってしまう。
「あ、待って!」
一歩遅れて、真は荷物を持ち直しながらふたりを追いかけた。
スバルは簡単にあんずに触れる。軽やかに踏み出していく。
それは羨ましくて眩しい。
そして、まだなのだと思えた。
真は、スバルたちに追いついてもいないから、必死に走らなくてはいけない。

走って、走って、いつか、この手がみんなに届いたら、きっとあんずにも触れることができるのだろう。


「ウッキ~、チョコ用意してたよ!」
「はーよかった」
「ああ。学院中で自分だけ渡していないと知ったら、落ち込むだろうからと心配だった」
北斗と真緒に追いつくやいなや、スバルは笑顔で報告した。ふたりは明らかに胸をなでおろしている。
「み、みんな、僕が用意してないと思ってたんだね。ていうか、みんなからもらったんだ……」
その反応も、北斗の漏らした情報も胸に刺さった。もしあそこでチョコレートが落ちなかったら、『Trickstar』で唯一どころか、学院中で唯一あげなかったひとになるところだったのだ。さすがにそれは砂浜の砂粒なんて存在感ではない。一生記憶に留まるレベルのものだ。
(よ、よかった……)
真は心からほっとする。
もちろん学院中のひとがチョコレートをあげているということも、そのなかに本命があるのではないかということも気になったが、あんすがみんなからチョコレートをもらうのは当然だと思うから、そこまで胸はざわつかなかった。
みんな、あんずに感謝している。あんずは何もしていないと言うかもしれないけれど、彼女はみんなに変化をもたらしている。
真も、その中のひとりだ。
「僕だって渡すよ? あんずちゃんに感謝してるから」
チョコレートを渡すとき、慌てすぎて、すっかり伝えるのを失念していた言葉を思い出した。
今はこれだけ――。
真は、あんずを見る。

「いつもありがとう、あんずちゃん」

 

今は感謝が99.8%のチョコレート。0.2%だけ、「好き」を練り込ませてもらっている。
けれど、いつか、100%の特別なチョコレートを渡せるように。
好きですと伝えられるように。

一生懸命走りたい。

 

おわり





◎おまけ


【ショコラフェス】まであと3日


「カロリー低いのかー……」
衣更真緒は、さきほど別れたあんずが残した言葉を反芻していた。
真緒の手の中には、食べてもらえなかったチョコレートケーキがある。カロリーが気になると言って、あんずは手を出さなかった。あんずなど全く太っていないのに、女子というものは不可解だ。
「あれ、衣更先輩。どうしたんですか、そんなとこに突っ立って」
ふいに背後から声をかけられて振り返ると、そこにはバスケ部の後輩の高峯翠がいた。
「あ、高峯。いいところに。これ食べないか?」
「えっ、それ、なんすか。すごく甘そう」
「う、そっか。悪かったな」
遠慮ない後輩のものすごく迷惑そうな顔に、真緒はすごすごとケーキを引っ込めた。
ふたり連続で断られて顔にがっかり感が出てしまったのか、翠はさすがに申し訳なさそうに謝りながら、それでも『流星隊』の準備の途中だからと去っていく。【ショコラフェス】までもう日がないから、どのユニットも祝日返上で準備に大忙しなのだ。
再びひとりになって、真緒はあらためて作ったケーキを見返した。とにかく余った材料を全部使い切ろうという代物なので、ケーキにはチョコレートクリームがたっぷりとのっている。確かにこれは、「カロリーが……」と言いたくなるのも、甘そうと顔を顰められるのも仕方ないと思えた。
「……うーん、やっぱり凛月か」
脳裏に、お菓子作りが得意なおさななじみ――朔間凛月の顔が浮かぶ。
せっかくだから、あんずにおいしく食べてもらえるようなものを作って、バレンタイン当日に渡すかと思った。これはあんずのために作ったわけではないが、食べてもらえなかったのは、やっぱりちょっとがっかりしたのもあるし、あんずにはお世話になっている。たまにはプレゼントもいいだろう。
ただ、ここからチョコレートクリームを除いただけで、低カロリーでおいしいケーキになるかがわからない。そんな上級者が作るようなものを、本を見てひとりで作るのは難しいし、これを一緒に作ってくれた鳴上嵐は今ごろ『Ra*bits』で手いっぱいだ――というより、嵐に相談したら、恋だのなんのとあらぬ誤解を受けて面倒なことになりそうだから、個人的なチョコ作りの手伝いを頼むことは遠慮したい。他にケーキを作れる知り合いはあんずだけだが、贈る相手のあんずには頼めない。となると、凛月しかいない。作り方と見た目に難ありだが、そこをどうにか自分が努力すれば、贈れるものなる――はずだ。
真緒はスマートフォンを取り出して、凛月に連絡を取った。すぐに返事がくるとは思っていないので、ケーキをどうにかしようと厨房に戻る。そうして、『Ra*bits』のメンバーにあげている間に、凛月から折り返しがあった。
中庭にいるというので行くと、隅のほうで芝生に転がっている大きな体を見つけて、予想の内ながら予想通りのことに、真緒は大いにため息をつく。フェスまであと3日だというのに、風邪を引いたらどうするつもりなのだろう。
「おい、凛月。風邪引くぞ」
「ん? ま~くん? どうしたの? なにかあった?」
体を揺すると、凛月はごろりと仰向けになった。寝転がってはいたが、寝てはいなかったらしい。だが眠そうだ。
「カロリー低めのチョコレートケーキ作りたいんだけど、手伝ってくれないか?」
「なにそれ。あんずにあげるの?」
凛月は目をこすりながら体を起こす。
だいぶ寝ぼけているのに的確だ。ただ、真緒がバレンタインにチョコレートを渡そうと思う相手など妹かあんずくらいで、そのうち、カロリー控えめという工夫をしてあげようと思うのはあんずくらいだというのは、凛月なら考えなくてもわかることだろうから、ずばりと言われても驚きはない。
(ああ、ごはんのお礼に、おばさんにもあげようかな)
ひとりぶんもふたりぶんも同じだろうと、真緒はあんずの母も人数に加える。
「ああ。さっきあんずにカロリーが気になるってチョコレートケーキ食べてもらえなくてさ。せっかくだから、バレンタイン当日にあげようかなーって。お前も忙しいところ悪いんだけど」
まったく忙しそうには見えないが、『Knights』も【ショコラフェス】に参加するのだから、その準備――の気配すら見えないが――で忙しいはずだ。
「ふわあ。べつに忙しくないけど、ちゃんとホワイトデー、俺の分もお返しもらってきてね」
「お、おう。あんずがくれるんだったらな。ていうか、忙しくないって、『Knights』は大丈夫なのか?」
「うん。だいじょうぶ。だから今日泊めて」
さすがお菓子作りが得意な者が3人もいる強豪ユニットは違う、と真緒が唸ったときだった。
「凛月先輩いぃぃい!」
ガーデンテラスに怨念がこもった声が響き渡った。
見れば、『Knights』の一年生、朱桜司が鬼の形相で凛月の名を呼んでいる。それは呼ぶというより叫んでいるといった方が正確だ。
「全くあのひとときたら! 【ショコラフェス】の準備が全っ然終わっていないというのに!」
「shit!」と舌打ちをはさみながら、司はぶつぶつ愚痴をこぼしていた。
「……思いっきり探されてるけど」
「ス〜ちゃんも探してる暇があったら準備すればいいのにねぇ」
「おまえだけは言っちゃいけないセリフだって、それ」
真緒はチョコレートケーキをひとりで作る未来が見えると思いながら、凛月を司へ差し出すべく、その腕を掴み、司を呼んだ。

 


【ショコラフェス】まであと2日


遊木真は、厨房を借りて、嵐に教わったトリュフをひとりで作っていた。
手順立てて操作すれば、そのように応えてくれる機械とは違って、お菓子は生ものだから扱いが難しい。もともと器用な方ではないので、最初はほんとうにうまくできなかったが、練習を重ねて、どうにか作れるようになってきた。
今作っているこれはショコラフェスでお客さんに配る用ではない。特別に贈りたい相手がいるのだ。だから、誰の手も借りず、自分の力で――と、天満光と同じことを思ってチャレンジしていた。
「できた!」
きれいにできあがったトリュフに、真は嬉しくなって声を上げる。
家で学校で時間を見つけては練習した甲斐あって、大きさも揃った、おいしいトリュフを作れるようになった。
(これなら喜んでくれるかな――)
あんずちゃん、と心の中で呟く。
それだけで、心の中に照れくさい、じたばたしたくなるような想いが膨らんで、真は、へへっと笑った。
「あれ、真くん」
そこにふいにあんずの声が響いて、真は飛び上がるほど驚いた。
「あ、ああああんずちゃん!?」
今、目の前に並んでいるのは、明日あんずにあげるつもりのチョコレートだ。あんずに見られるのはまずい。
(うわっ、まず……!)
真はとにかく隠さないとと焦り、チョコレートに覆いかぶさりかけて、それは怪しすぎると思いとどまったはいいものの、チョコレートは完全に無防備だ。払い落とすのもボウルをかぶせるのも間に合わない。いや、払い落とすのはだめだ。では、どうする――という問いに答えが出る前に、調理台の向こうに、あんずが現れた。
「追加で作ってるの?」
あんずの目はしっかりとチョコレートを捉えている。
もうだめだ。チョコレートはすっかり存在を知られてしまった。
「あ、う……うん」
自分の間の悪さに泣きたい思いで、真は頷く。
「きれいにできてるね。嵐くんいなくてもこんなに作れるなんて、真くん、すごいね」
ただ、あんずが目をきらきらと輝かせて褒めてくれたので、消沈した気持ちはふわりと舞い上がった。
「あ、い、一個食べてみてくれる?」
嬉しさから、つい言ってしまった言葉に、真は頭を抱える。
(って、なに言ってるんだよ! 僕!!)
二日後、あんずにあげるというのに、今食べさせてどうするのだろう。14日にあげたとき喜んでもらえたとしても、あのとき作っていたあれかと思って、驚きも喜びも半減だ。しかし、食べてみてと言っておいて、やっぱり駄目とも言えない。真は半泣きになりながら、必死に笑顔を保った。
「うん」
あんずは頷いて、ひとつ口の中に入れる。
すすめてしまったことに後悔する一方、あんずの評価も気になって、判決を待つ被告人のような気分で、真はあんずを見つめた。
「おいしい! これならお客さんも喜んでくれるね」
「よかった」
あんずは顔をほころばせて、太鼓判を押してくれる。
真はほっと胸をなでおろした。
お客さんが喜んでくれるのは嬉しい。けれど、本当はまだあんずだけでいい。あんずが喜んでくれれば、ちゃんとできたのだと実感できた。まだたくさんのひとの反応に返せるほどの余裕はない。
あんずはもぐもぐと幸せそうに食べている。それを見ているだけで、真も幸せだった。今これだけ喜んでくれているのだから、当日がっかりされてもいいかと思ってしまう。
(あ、今ってチャンスかも……聞いてみようかな……)
そんななかで、ずっと気になっていることを聞けるのではないかと思いつき、真は一気に緊張した。
聞きにくいことなのだ。けれど、ひどく気になる。どうしても気になる。
「あ、あのー……」
だから、真は恐る恐る切り出した。
「……あんずちゃんもチョコ、作ったりするの?」
「うん、作るよ」
真が一世一代くらいの思いでした質問に、あんずはあっさりと頷いた。
(つ、作るんだ……! でも、すごい軽い返事だな……!)
真はどきどきしながら、次の、最大の核心の質問に移る。
「あ、そ、そうなんだ~。ちなみに、誰にあげるのか聞いてもいいかな?」
それがいちばんの問題だ。
(き、聞けた! 今のは結構自然だったんじゃないかな!)
どきどきと心臓が早鐘を打ってやまない。しかし、声は震えなかったし、さりげなさを装えていたと思う。
「ご、ごめんね、こんな質問――」
「弟だよ。甘いもの好きだから、何か作ってってうるさくて」
取り繕って謝る真に、特に気にした様子もなく、あんずはそれにも答えてくれた。
「ふ、ふーん、弟さんかー」
がっかりしてほっとした。喜んでくれるといいね、と言いながら、自分も欲しかったな、と思う。
「あ、も、もういっこ食べる?」
けれど、そんなことは言えないので、真はチョコレートを差し出した。

 


【ショコラフェス】前日


「みんなの薄情者〜」
空き教室に、明星スバルの恨めしそうな声が響いた。
彼の前には、山積みの箱とラッピング袋にリボンがある。明日、【ショコラフェス】で配る予定のものだ。使うのは明日。だから、今日中にしっかり終わらせなければならない。しかし、スバルは飽きていた。
どうにもじっと座っての作業ができなくて、昼間、『Trickstar』のみんなで準備している間、飽きるに任せてふざけていたら、真面目なリーダーに叱られて、居残り作業を命じられてしまった。何の言い訳もできないほど完全に、自分のせいだ。
しかし、明日はライブがあるからと、さっさと帰ってしまうのは薄情ではないか、せめてスバルがさぼらないように見張るため、リーダーの氷鷹北斗くらいは残っていいものだ――なんてことも言えない。
みんなが正しくて、自分がいけない。だから、どうにかやらなくてはいけないのだけれど飽きている。みんなといるときも集中してできなかったのに、話し相手もいなくて孤独な中での作業など楽しい気配すらせず、全くやる気が起きない。お客さんのためだと気持ちを奮い立たせるのも限界だった。なんとも絶望的な状況だ。
「わ、と、と」
スバルが深いため息をついたとき、教室のドアが開いて、箱が入ってきた。
いや、今の声はあんずだ。
スバルが座っているところからは、だいたい箱しか見えなかったが、あんずが箱を運んでいるのだろう。
「あんず、なにしてるの!」
思いがけないすてきな闖入者に、スバルはステップを踏むような軽やかさで駆け寄った。ひとりきりでなくなって心がぴょんぴょん弾んでいる。あんずに抱きつきたいくらいだったが、それをしたら大変なことになることは予測できたので、とりあえずあんずの箱をもらうことにした。それを床に置くと、あんずのほっとした顔が現れる。
「あ、ありがとう、スバルくん」
「うん。片づけ? まだ残ってたの? サリ~と帰ったんじゃないの?」
「ちょっとやりたいこともあったし、会場の飾りつけの手直しを手伝ってて」
あんずはふうと息をついた。
会場からこれを運んできたのだとしたら、確かに大変だっただろう。今回はあんずの担当ではないから、こんなに遅くなるまで付き合わなくてもいいはずなのに、明日のフェスを成功させるために、あんずは一生懸命働いている。それにひきかえ自分は――とスバルはここでぐずぐずしていたことを反省した。
「スバルくんも遅いね」
「俺は……居残り」
あんずに話を振られて、どう答えようか一瞬迷ったが、スバルは素直に答えた。
あんずはちらりと教室の奥で広げられているものを見る。
「もしかして、ラッピング?」
「そう。ふざけてたらホッケ~にちゃんとやれって怒られちゃった」
「ふふ、じゃあ、てつだ――」
あんずは笑って、恐らく、手伝うよ、と言いかけて、口を閉ざした。
「どうしたの?」
中途半端に言葉を止めたあんずが不思議で、スバルは首を傾げる。
あんずならば、手伝いを申し出てくるだろうと思った。自分の行いを反省したスバルはそれを――本当に残念で仕方ないが――断ろうと準備していたのだ。だが、あんずが最後まで言ってくれなかったので、スバルも断れなかった。
「悩むな、と思って」
あんずは言葉通り、心底悩んでいるようで、眉根をぎゅっと寄せている。
「なにが?」
「手伝いたいけど、お客さんはスバルくんがラッピングしたものの方が喜ぶから、手を出しちゃだめかなって。包みを支えてるくらいならいいかもしれないけど……」
「俺が?」
「うん。だって、大好きなアイドルでしょ?」
あんずは大きく頷いた。
なんだかくすぐったくて、スバルは、珍しく照れて笑う。けれど、もっと聞きたくなって、あんずの方へ身を乗り出した。
「ねえねえ、あんずも? あんずも嬉しい? 俺がラッピングしたやつ」
「うん。私も嬉しいよ。『Trickstar』のファンだから」
「そっか〜」
あんずの言葉に、あたたかい気持ちが胸いっぱいに広がる。
「そうだ。私もね、まだもう少し作業が残ってるから。いっしょにやろう?」
「そうなんだ! うん、そうしよう! いっしょにいてくれるだけで嬉しいし!」
あんずの提案に、スバルは喜んで頷いた。
「あんずは何するの?」
「それが――」
スバルが尋ねると、あんずは箱の中のひとつをごそごそと探り出し、中から何やら取り出した。
「じゃーん」
それは、布で作られた飾りだった。真ん中に『Trickstar』という刺繍があって、リボンがついている。
「みんなの衣装、もう少しアレンジしたくて、飾りを作ってみました!」
「ほんとに!? 嬉しい!」
スバルはびっくりして嬉しくて、目を丸くして顔を輝かせた。
あんずの手には4つの飾りがあって、リボンの色が違っている。それぞれのことを考えて作ってくれたのだ。
「本当はこっそりつけておこうと思ったんだけど……」
「そうだったんだ! 明日、ホッケ~たち驚くだろうなあ」
失敗しちゃったと笑うあんずに笑い返し、スバルは3人の驚いた顔を想像して、わくわくした。元よりフェスは楽しみだったが、またひとつ楽しみが増えた。
「うん。喜んでくれるといいな」
「ぜったい喜ぶって! ほんとちょー嬉しい! ありがとう!」
スバルは喜び全開で、あんずに抱きついた。
みんながこれを喜ばないはずがない。夜遅くまで残っていたことに、北斗が苦言を呈するかもしれないが、その顔はすぐに緩むに違いない。
「わっ、ス、スバルくん、これまだマチ針ついてるから危ないよ」
抱きつかれたあんずは慌てて飾りを箱の中に入れる。
出会った頃は、抱きつくと離れようとしたり、腰が引けていたりしたのに、今では受け入れてくれている。それも嬉しかった。
「あんず、明日も俺たちのこと見ててね。特等席で!」
明日のライブは大成功だと確信して、スバルはあんずをぎゅっと抱きしめた。

 


【ショコラフェス】当日/午前


【ショコラフェス】の『Trickstar』のライブは大成功だった。パフォーマンスは素晴らしかったし、会場も大いに盛り上がった。これなら用意したチョコレートも全てもらってもらえるかもしれない。結果が出るのは、全てのユニットのライブが終わってからだが、手ごたえを感じてステージを下りられた。
衣装を着替えて片づける際、氷鷹北斗は、そっと胸の飾りを外す。これは、あんずが特別に作ってくれたものだから、手元に残しても問題はないだろう。
今回のフェスの宝物だ。
北斗は、それを大切にしまって、更衣室を出た。
「あんず」
ステージの方に戻って、隅で機材を整理しているあんずに声をかける。
「北斗くん、ライブお疲れさま。すごくよかったよ!」
北斗を見ると、あんずは興奮した面持ちで駆け寄ってきた。
その顔がなにより嬉しい。
あんずが転校してきて、その目がひとりひとりを見てくれたから、今日がある。本当に感謝してもしきれない。
「お前のおかげだ。あの飾り、ありがとう。大切にする」
「どういたしまして。喜んでくれて嬉しかった」
「あの飾りだけではなくて、いつも本当に感謝しているんだ。これをもらってほしい」
北斗は、用意していた包みを、あんずに差し出した。
中身はチョコレートだ。練習を重ねて、あんずに試食してもらったときもおいしいと言ってもらえたから、きっと大丈夫だろう。
「あ、ありがとう。嬉しい」
日本では、女性から男性に贈るケースばかりだから、あんずは驚いている。しかし、嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
あんずが喜んでくれて嬉しくて、北斗も微笑む。
「あーホッケ〜が抜け駆けしてる!」
そこに、スバルの声が響き渡った。
「む」
そちらを見ると、制服に着替えたスバルと真緒がやってくるところだった。
「あんず、あんず! 俺も持ってきたから、あとで渡すね!」
「俺のもな」
ふたりとも、あんずの手の中のチョコレートを見て、我も我もと手を挙げる。
みんな考えることは同じかと、北斗は笑った。
「え……あ、ありがとう」
ただ、あんずはチョコレートをもらえるとは思っていなかったらしく、目を瞬かせた。
「私も、みんなに渡したいものがあるんだ。あとで渡すね」
「えっ、チョコレート? 本命?」
「あとでね」
スバルが顔を輝かせて尋ねるのに、あんずは笑ってはっきりとは答えなかった。
「阿呆。みんなに本命はないだろう」
「えーあるかもしれないじゃん! 俺たち四人みんな本命かもしれないじゃん!」
「……ん、てか真は?」
スバルが口にした「四人」に、真緒がそういえばといった顔で回りをきょろきょろと見る。
真はいなかった。
違和感なく話していたが、確かに最初からいない。
「あいつはこういうときいないな」
「ウッキ〜らしいね☆」
「そうじゃなくて、呼んでやろうぜ」
北斗とスバルが、真がいないことをただ受け入れていると、真緒が苦笑してスマートフォンを取り出した。
それを見て、北斗は真緒を止める。
「いや、後にしよう。あんずはこれから『Ra*bits』のライブを手伝うのだろう?」
「うん」
「そっか。じゃあ、また後でだな」
「ああ。あんずの仕事が終わったら、合流しよう」
あんずが渡したいものが何なのかは、北斗も気になる。
――チョコレートだったら、とても嬉しいと思った。今まで、甘いものが特に好きというわけでもなかったので、そんなことを思いもしなかったのに。
「終わったら連絡するね」
「ああ」
「がんばって~!」
仕事に戻るあんずを見送って、北斗たちは舞台裏を離れる。
「じゃあ『Ra*bits』のライブ見ていこうよ! しののんの応援したい!」
「そうだな。遊木にはそれを伝えよう」
スバルの提案に頷いて、北斗はスマートフォンを取り出した。

 

おまけおわり

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