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迷子

 きょろきょろと周りを見回す。
 どうやら道を間違えてしまったようだ。
 街は見えず、ぽつんと一軒の家があった。質素だが、どことなく品のよい佇まいなのは、きちんと手入れがされているからだろう。
 家の前には、ひなたぼっこをしながら読書なのか、一人のおばあさんが書物を膝にのせて椅子に座っていた。
 人がいてくれて、ほっとする。足早に近寄ると、おばあさんは話しかけやすそうな雰囲気で、ますます安心した。
「あの、すみません」
「はい」
 声をかけると、おばあさんは膝の上の書物から顔を上げる。
 優しそうだ。
「あの、街に行きたいんですが……」
「ああ、でしたら」
 道に迷ったことを告げると、おばあさんは丁寧に教えてくれた。
 街道から外れてしまったようだが、すぐに戻れそうだ。
「ありがとうございます。助かりました」
 心から感謝して、頭を下げる。
「あら、あなた……」
 すると、おばあさんが何かに驚いたように声をもらした。
「?」
 顔を上げて、おばあさんを見ると、彼女は、手に持っていた本に目をとめている。
「あ、珍しいですよね」
 この世界では、こういった形の「本」はないのだ。細い竹を紐で綴って巻物にするのが普通だった。
 おばあさんが微笑む。
「がんばって」
「はい。ありがとうございました」
 僕はもう一度お礼を言って、歩き出した。


「花? お客さん?」
 家の中から、ひとりの老人が出てくる。話し声が中まで届いたのだろう。
 花は振り返って孔明を見る。
 お互い年を取った。しわも増えたし、髪は真っ白だ。
 本当に、長いこと一緒にいる。
「はい。道を尋ねられました」
「こんなところで?」
 孔明は不思議そうだ。
 確かにここは、街道沿いではないから、迷い込む方が難しいかもしれない。
 しかし、彼は来た。
「はい」
 花は頷く。
 懐かしい匂いがした。
 彼はどんな物語を作るのだろう。

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