Entry

2016年04月

七夕

「なにしてるの?」
 孔明が、花の肩越しに、その手元を覗き込む。
「たなばたの短冊です」
 花は、色紙の代わりに、薄い竹簡をいくつも束ねていた。
 これを軍のみんなに配って、笹に飾るつもりだ。紙はないが、成都はすばらしいことに笹が豊富にある。
「たなばたのたんざく……」
「これに願いごとを書くんです」
 孔明が戸惑いの呟きをすると、花は端的に説明してくれた。
 おそらく、色々いわれがあるのだろうが、端折られてしまった。
 それはまた後で聞こうと思う。
「師匠も、はい。書いておいてくださいね。私、みんなに配ってきます」
 花は孔明に竹簡を一つ渡すと、ぱたぱたと部屋を出て行った。
 花の国は、本当に催しもの好きだ。
 孔明はくすりと笑って、自分の席に着いた。
 願い事は叶っている。
 これ以上に、何を願うというだろう。
 けれど、何か書かないと、花ががっかりするだろう。
 孔明は、筆を取って、しばし悩んでから、さらさらと書き始めた。

 中庭に、花が集めてきた「短冊」が飾られた笹が立てられていた。
 短冊の重さで笹がしなって、なかなか風情のある様だ。
「師匠は何て書いたんですか?」
 飾りつけを終えた花は、わくわくしたように、孔明を振り返る。
「秘密」
「いいです。探しますから」
 当然、孔明が回答を拒否すると、花は頬を膨らませて、笹に向き直った。
「じゃあ、ボクは君のを見ようっと」
 花が予想通りの反応をしてくれたため、孔明も花の短冊を探す権利を得られた。
「あ、駄目です。秘密です」
 花は慌てて、孔明の視界を塞ぐように、目の前で手をひらひらさせる。
「おあいこだろ。よろしくね、花」
 孔明は花の手を払って、にっこりと笑った。
 すでに花の短冊は見つけている。
 いちばんぎこちない手跡の短冊。
 願い事は、「ふたりでずっと一緒にいられますように」。
 花らしい、素直な願いだ。
 それを、こちらの言葉で書いてくれていて、そのことが嬉しかった。
「私も見つけました」
 花も、孔明の短冊を見つけた。ほんの少し、花の声が震えている。
「うん。よろしく頼むよ」
 孔明はもう一度、花に頼んだ。
 孔明の願いは、「花が健康でありますように」。
 ずっと健やかでいてくれたら、それに勝るものはない。
 花が苦しんだり、痛がったりするのは嫌だ。
「私、書き直します」
 花は自分の短冊に手をかける。
「なんで?」
「私も、師匠にはずっと元気でいてほしいです」
 花はなんだか泣き出しそうだ。
 孔明は少し考える。
「君の願いごとが叶ったら、それはボクがずっと元気でいるってことじゃない?」
 花の願いを書き直す必要はない。
 ずっと一緒にいたいのは、孔明も一緒だ。
「……はい、そうですね」
 孔明の言葉に、花はわずかに目を見開いて、そして納得したように頷いた。
「ふたりで元気に仲良く暮らしましょう!」
「うん」
 笹が風に揺れて、さらさらときれいな音を立てている。
 振り仰げば、空に、たくさんの星が輝いていた。
「さてと。仕事の続きしないとね」
「はい」
 孔明はひとつ大きく伸びをした。まだ仕事が残っていることだけが残念でならない。
「七夕はなにか食べないの?」
「はあ。七夕はこれといったものはないですね」
「へえ、珍しいね」
 二人は話しながら部屋の中に戻っていく。

 何でもない会話。
 何でもない毎日。
 そんなものの積み重ねが、「ずっと」を作るのだろう。


おわり

しあわせな手

※学園恋戦記


 学校からの帰り道、花と孔明は、途中にある喫茶店に立ち寄った。
 飲み物を置いて、ふたりでひとつのテーブルに、教科書とノートを広げて、それぞれ勉強を始める。
 もちろん、ふたりでいるのだから、孔明と話をしたりしたい。けれど、宿題はやらないといけない。しかしやっぱり孔明が気になって、ちらと見ると、孔明はすでに教科書を読んでいた。
 花は慌てて、同じように手元に視線を落とす。明日は、数学であてられる。宿題をやっておかないと大変だ。そんな気持ちもあって、問題に向き合っていると、いつのまにか、宿題に集中していた。
 そうしてしばらく宿題をやっていたが、ふと、半分こにしたテーブルの向こうで何も動いていないことに気づいた。教科書とノートは広げられたままなものの、何かを書いている様子がない。
 気になって顔を上げる。すると、孔明と視線がぶつかって、少し驚いた。
 今、たまたま目が合ったのだろうか。それとも、もしかして、見られていたのだろうか。そんなことを思ってしまい、花はどきどきと鼓動を速める。
「…………あ、あの、宿題、やらないんですか?」
 花は、そのどきどきを解消しようと、孔明に聞いた。
「うん。終わった」
「ええっ!?」
 孔明のあっさりとした答えに、花はびっくりした。
「お、終わったんですか!?」
 花はまだ、ようやく半分くらいだ。もともと孔明にどのくらいの宿題があったのかわからないが、スピードが違いすぎて申し訳ない。
「あの、じゃあ、帰りましょうか」
 花は、教科書を閉じようと手をかけた。花の宿題はまだまだ終わらないし、このままでは、孔明を待たせるだけだ。続きは家でやろうと思った。
「どうして?」
 孔明は、見てもいない教科書を片づけようともせず、不思議そうに聞いてくる。
「どうしてって。孔明さん、終わったんですよね」
「君は終わってないだろ?」
「は、はい」
「ならまだ帰っちゃだめだろう?」
「でも、孔明さん、宿題終わってるなら、もう他のことできるじゃないですか」
 孔明をいつまでも拘束しているのが申し訳ない。花だけが、宿題の時間を過ごせばいいのだ。そう思ったのだが、どうやら孔明には共感してもらえなかった。
「うーん」
 孔明は、困ったような、不満そうな顔で、小さく唸る。
 それから、唐突に、花のノートを指差した。
「ねえ、花。ひとつ前の問題、間違ってるよ」
「えっ?」
 花はその指につられてノートに視線を落とす。ざっと見ただけでは、どこが間違っているのか見つけられなかった。
「ど、どこですか?」
「自分で気づくのも大切だろ。もう一度見直してごらん」
 孔明の言い方は、まるで先生のようだ。
 花は言われるまま腰を落ち着けて、計算した式を頭から確かめていく。
「ああ、ほんとだ」
 そして、式の途中で、計算を間違えているのを発見した。
「孔明さん、やっぱりすごい。ぱっと見て間違いに気づくなんて」
 花は感心しながら、その問題をやり直す。
「見てたからね」
「えっ?」
 孔明がさらりと言った言葉が一瞬理解できず、花は顔を上げた。
 孔明はひどくしあわせそうな顔をしていた。
「君が解いてるの、見てたから。ずっと」
 顔を上げて、失敗した。
 みるみる顔に熱が集まって、真っ赤になってしまう。
 恥ずかしくて、孔明を見ていられず、花は俯いた。
「花」
 そんな花の手の甲を軽く指の先で叩いて、孔明が呼ぶ。
 花は、わずかに顔を上げた。と、花の手を押さえつけるようにして、孔明が身を乗り出してくる。そして、掠めるように唇が唇に触れた。
「!」
 花は手で唇を押さえ、急いで周りを見回した。幸いなことに目が合う人はおらず、ほっと胸を撫で下ろす。
「こ、孔明さん、こんなところで……!」
 花は孔明を睨んだ。
 睨まれているというのに、孔明の目が優しく細められる。
「まだ帰っちゃだめだろう?」
 孔明はさっきと同じことを言った。
 頬が熱くなるくらい、孔明から想いが伝わってくる。目に想いがこもっている。こんな目で見られていたのかと思うと、また恥ずかしくて、沸騰しそうだった。
 けれど、何てしあわせなのだろう。
 孔明の想いが、花を幸せにしてくれる。
 花は、重ねられていた孔明の手を、そっと握った。
「!」
 今度は、孔明が驚いたように目を剥く。
「……こうしていても、いいですか?」
 恥ずかしさよりも、ただ、孔明にもらった胸いっぱいに膨れ上がった想いを伝えたくて、花はぎゅっと手を握りしめる。
 きっと、この手から、花の気持ちが孔明に流れ込んでいることだろう。
「うん」
 孔明は頷くと、指を絡めて握り返してくれる。
 テーブルの上に繋いだ手を置いて、ふたりは顔を見合わせて笑った。

おわり

ハッピーバレンタイン

※学園恋戦記

「孔明さん!」
 前を歩く見慣れた孔明の後ろ姿を見つけて、花は嬉々として駆け寄った。
 こんなところで出会えるなんてとても丁度いい。
「おはよう」
 花の声に、孔明は足を止めて振り返った。
「おはようございます。ここで会えて良かったです」
 学園までの通学路の、まだ家寄りの地点というのは好都合だ。
「なにが?」
 それは、完全に花だけが了解している都合なので、孔明は首を傾げている。
「はい、これ。ハッピーバレンタイン!」
 そんな孔明に、花はかばんの中から取り出したチョコレートを差し出した。
 これは、孔明に渡そうと思って持ってきたものだ。
 どう渡そうかと頭を悩ませていたが、ここで渡せてよかった。学校で渡すのは難易度が高いし、放課後家に行くのはわざわざ感がある。だから、こうして偶然、学園のひとがが通らないところで会えて、本当に良かった。
(あ、あれ?)
 ラッキーな遭遇に花は大喜びだったのだが、孔明の反応は芳しくなかった。
「…………」
 孔明は差し出されたチョコレートを見つめたまま、どこか憮然としている。
 鞄を持っていない方の手は全く動きそうにもない。
 受け取る意思を微塵も感じられなかった。
「そんなに甘くないんですけど……チョコレート、ぜんぶ駄目でしたっけ? すみません」
 孔明は甘いものが苦手だ。それを知っていたので、甘さ控え目にしたのだが、もしかしたらチョコレートは食べない人だったのかもしれない。リサーチ不足だった。
 申し訳なくなって引っ込めようとすると、箱をがしっと掴まれた。
「??」
 その勢いと力強さは、孔明らしからぬもので、花は目を丸くした。
「大丈夫」
 孔明はぐぐっと箱を自分の方へと引き寄せながら言う。
「ありがとう。謹んで頂くよ」
 そして、ついには花の手から奪い取った。
 笑顔の御礼だが、本当に喜んでもらえているのか全くわからない。
 箱は若干変形してしまっているし、最前の孔明の態度も気になる。
 渡してよかったのだろうかと大いに不安だったが、返してとも言えないので、花はチョコレートを見送った。
「ええっと……一応手作りなので、お腹には気をつけてくださいね」
 こんなことを言ったら余計チョコレートの末路が心配になるが、念のため注意する。
 試食のときに変な味はしなかったので大丈夫だと思うし、そんなことを言われたところで気をつけようもないだろうが、もし食べた後で不調になったら、これが原因の可能性もある。知らせておくのがマナーだろうと思った。
「え、手作りなの?」
 しかし、孔明は予想に反して、どちらかといえば好意的な声を上げた。
「は、はい」
「ふーん」
 それから何かを考えるように唸り、最後に花に視線を定める。
 いったい何を考え、どんな結論に辿り着いたのか、あまり聞きたくないような気がした。
「お腹に気をつけろって言うようなものなら、花も一緒に食べてよ」
 孔明はにっこりと笑う。
「えっ、それは念のために言っただけで、たぶん大丈夫ですから」
「なら何も問題はないわけだ。君が食べないなら、食べたくない理由があるんじゃないかって思うけど?」
 それは孔明のために作ったもので、孔明に食べてほしいのだが、ここは花が頷かないと、孔明に食べてもらえないかもしれない。
「わかりました」
 花は観念して頷いた。
「じゃあ、はい」
 すると、孔明はチョコレートの箱を花の手の中に戻す。
「え?」
「やり直し」
 どうして返されたのかわからずきょとんとすると、孔明はべっと舌を出した。
「渡し方もちゃんと考えるように。放課後うちにおいで。お茶を用意しておくよ」
 そして、まるで先生のように落第を言い渡し、すたすたと歩いていってしまう。
 残された花は、呆然とその背中を見送った。
(ほ、本命だって気づかれた!?)
 焦りで汗がわく。
 まるで、このチョコレートに込めた想いを見透かしたような発言だった。
 今日はバレンタインで、孔明にチョコレートを渡したかったのだ。まだ告白する勇気はないから、それは告げずに、さらりと渡せたらと思っていた。
 うまくいったと思ったのに――。
 恥ずかしくて、顔に熱が集まるのを感じた。
 どんな顔をして、孔明の家を訪ねたらいいのだろう。
(うう……)
 花はチョコレートの箱を握りしめて、頭から湯気を立ち上らせた。


おわり

可逆性

 孔明が消えた。
 胸にぽっかりとあいた穴は埋められそうにない。
 喪失感と不安と、置いていかれたという悲しみ。
 それらが、花の中にあるものだった。
 ――どうして連れて行ってくれなかったんだろう。
 弟子だと言ってくれたのに。
 ――師匠って呼んでよ。
 孔明の声が蘇る。
 涙が溢れてしまった。
 頬を伝って、ぽとりぽとりと雨のように足元を濡らしていく。
「師匠……ししょ……」
 こんなところにひとりで残されても、花は無力なただの女子高校生だ。
 なにもできない。
 なにを見たらよいのかもわからない。
 道しるべだった孔明は消えてしまった。
 どうしたらいいのだろう。
 途方に暮れて、空を見上げた。
 きらきらと光る星を、花は読むことができない。空の様子から、何かを読み取ることもできない。
 まだたくさん教えてほしいことがある。
 孔明の往く道を共にいきたかった。
 花は、ぐっと拳を握りしめた。
「……師匠なら、どう考えるかな」
 わざと声に出して呟く。
 孔明なら、こんなときどうするか。
 これはもう思考の癖のようなものだ。壁にぶつかると、そう考えてしまう。
 孔明ならどうするか。どう考えるか。
 きっと、ここで立ち尽くしてなんていないだろう。
 花は握った拳の甲で涙を拭う。
「きっとまた会える」
 孔明の道を往ったらきっと。
 ゆっくりと拳をおろす。
 その瞳は強くまっすぐに北の星を見据えていた。


おわり

あやかしごはんクリア感想(PC版)

 

あやかしごはんクリア感想
ネタバレしています

Pagination