七夕
「なにしてるの?」
孔明が、花の肩越しに、その手元を覗き込む。
「たなばたの短冊です」
花は、色紙の代わりに、薄い竹簡をいくつも束ねていた。
これを軍のみんなに配って、笹に飾るつもりだ。紙はないが、成都はすばらしいことに笹が豊富にある。
「たなばたのたんざく……」
「これに願いごとを書くんです」
孔明が戸惑いの呟きをすると、花は端的に説明してくれた。
おそらく、色々いわれがあるのだろうが、端折られてしまった。
それはまた後で聞こうと思う。
「師匠も、はい。書いておいてくださいね。私、みんなに配ってきます」
花は孔明に竹簡を一つ渡すと、ぱたぱたと部屋を出て行った。
花の国は、本当に催しもの好きだ。
孔明はくすりと笑って、自分の席に着いた。
願い事は叶っている。
これ以上に、何を願うというだろう。
けれど、何か書かないと、花ががっかりするだろう。
孔明は、筆を取って、しばし悩んでから、さらさらと書き始めた。
中庭に、花が集めてきた「短冊」が飾られた笹が立てられていた。
短冊の重さで笹がしなって、なかなか風情のある様だ。
「師匠は何て書いたんですか?」
飾りつけを終えた花は、わくわくしたように、孔明を振り返る。
「秘密」
「いいです。探しますから」
当然、孔明が回答を拒否すると、花は頬を膨らませて、笹に向き直った。
「じゃあ、ボクは君のを見ようっと」
花が予想通りの反応をしてくれたため、孔明も花の短冊を探す権利を得られた。
「あ、駄目です。秘密です」
花は慌てて、孔明の視界を塞ぐように、目の前で手をひらひらさせる。
「おあいこだろ。よろしくね、花」
孔明は花の手を払って、にっこりと笑った。
すでに花の短冊は見つけている。
いちばんぎこちない手跡の短冊。
願い事は、「ふたりでずっと一緒にいられますように」。
花らしい、素直な願いだ。
それを、こちらの言葉で書いてくれていて、そのことが嬉しかった。
「私も見つけました」
花も、孔明の短冊を見つけた。ほんの少し、花の声が震えている。
「うん。よろしく頼むよ」
孔明はもう一度、花に頼んだ。
孔明の願いは、「花が健康でありますように」。
ずっと健やかでいてくれたら、それに勝るものはない。
花が苦しんだり、痛がったりするのは嫌だ。
「私、書き直します」
花は自分の短冊に手をかける。
「なんで?」
「私も、師匠にはずっと元気でいてほしいです」
花はなんだか泣き出しそうだ。
孔明は少し考える。
「君の願いごとが叶ったら、それはボクがずっと元気でいるってことじゃない?」
花の願いを書き直す必要はない。
ずっと一緒にいたいのは、孔明も一緒だ。
「……はい、そうですね」
孔明の言葉に、花はわずかに目を見開いて、そして納得したように頷いた。
「ふたりで元気に仲良く暮らしましょう!」
「うん」
笹が風に揺れて、さらさらときれいな音を立てている。
振り仰げば、空に、たくさんの星が輝いていた。
「さてと。仕事の続きしないとね」
「はい」
孔明はひとつ大きく伸びをした。まだ仕事が残っていることだけが残念でならない。
「七夕はなにか食べないの?」
「はあ。七夕はこれといったものはないですね」
「へえ、珍しいね」
二人は話しながら部屋の中に戻っていく。
何でもない会話。
何でもない毎日。
そんなものの積み重ねが、「ずっと」を作るのだろう。
おわり