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可逆性

 孔明が消えた。
 胸にぽっかりとあいた穴は埋められそうにない。
 喪失感と不安と、置いていかれたという悲しみ。
 それらが、花の中にあるものだった。
 ――どうして連れて行ってくれなかったんだろう。
 弟子だと言ってくれたのに。
 ――師匠って呼んでよ。
 孔明の声が蘇る。
 涙が溢れてしまった。
 頬を伝って、ぽとりぽとりと雨のように足元を濡らしていく。
「師匠……ししょ……」
 こんなところにひとりで残されても、花は無力なただの女子高校生だ。
 なにもできない。
 なにを見たらよいのかもわからない。
 道しるべだった孔明は消えてしまった。
 どうしたらいいのだろう。
 途方に暮れて、空を見上げた。
 きらきらと光る星を、花は読むことができない。空の様子から、何かを読み取ることもできない。
 まだたくさん教えてほしいことがある。
 孔明の往く道を共にいきたかった。
 花は、ぐっと拳を握りしめた。
「……師匠なら、どう考えるかな」
 わざと声に出して呟く。
 孔明なら、こんなときどうするか。
 これはもう思考の癖のようなものだ。壁にぶつかると、そう考えてしまう。
 孔明ならどうするか。どう考えるか。
 きっと、ここで立ち尽くしてなんていないだろう。
 花は握った拳の甲で涙を拭う。
「きっとまた会える」
 孔明の道を往ったらきっと。
 ゆっくりと拳をおろす。
 その瞳は強くまっすぐに北の星を見据えていた。


おわり

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