嫁です
花は食材を抱えて、孔明の家に行った。
玄徳軍は今まで仮住まいだったので、孔明たちも城内の部屋で済ませていたのだが、成都に腰を据えることになって、臣下たちも城下に家を持ち始めていた。その中でも一番といってもいいほど早く、孔明は家を構えた。
上が作らないと下が作れないでしょ、というのが彼の言だったが、ひきこもれる場所がほしかっただけではないかと花は睨んでいる。
そうでなければ、休みを毎回、家の中に閉じこもって過ごすはずがない。
近頃は政務も落ち着いてきて、孔明も休みを取れるようになっていた。それでも月に一日、二日という少なさなのだが、その貴重な休みを、孔明は一日中、外に出ないで過ごすのだ。
花は今までもたびたび孔明の家を訪ねていたが、先日、閉じこもっているばかりか食事もとっていないことを知り、今日は食事を作ろうと思って、仕事終わりにやってきたのだ。
「お邪魔します」
中に声をかけながらも、勝手知ったる他人の家なので、どんどん奥へと進む。
「あー、花、いらっしゃい」
家の主は、相変わらずだらしなく床に寝そべっていた。
「師匠……」
その姿はまったく玄徳軍の重臣に見えない。というより大人としてどうかと思うだらしなさだ。家の中なのだからいいのかもしれないが、限度というものがある。それに親しい仲とはいえ、一応客が訪ねてきているのだから、寝そべったまま迎えるのもどうかと思う。
ここは少し苦言を呈する必要がある、と花が口を開こうとしたときだった。
「?」
台所の方から何やら音がするのを聞きとめて、顔を向ける。
孔明は一人暮らしのはずだ。
家を持ったり、休みをもらえたりしているものの、いまだ生活の大半は城で過ごしている。食事も城でとるのが常だった。そんなわけで、孔明の屋敷には決まった使用人がいない。
だが、ついに世話をしてくれる人を雇ったのだろうかと思っていると、その台所の方から人が現れた。
「お、道士様だったか」
「あ、晏而さん!?」
花はびっくりして大声をあげてしまう。
それは、晏而だった。
白い前掛けをつけ、菜箸を握っている。
あまりにも似合わない。
ひどい光景だ。
いや、ひどいのは、ひどいと思ってしまう花だ。
花は混乱を極めていた。
「な、なに……してるんですか?」
見ればわかるのだが、聞いてしまう。
「こいつ、放っておくと何も食わないからよ。隆中のときから、たまに飯作ってやってんだ」
晏而は親しい様子で孔明を指した。
「肉も野菜もちゃんと料理してやらないと、栄養とれないからな」
そう言って、晏而は快活に笑う。
前掛けに菜箸。
台所からはいい匂いが漂ってきている。
「こいつは食わないうえに偏食だから、手間がかかってよ。根野菜はやらかくなるまで煮込まないと食わねえし、肉も――」
嫁だ。
孔明の嗜好を細かに語る晏而を前に、花はそっと買ってきた食材を背中に隠した。