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2016年04月

鍋パーティー

 

「ナベ?」
 その言葉はもちろん知っている。だが、花が言っているのは、そのことではないようで、亮は聞き返した。
 「鍋にする」と、花は言ったのだ。
 意味がわからない。
「今日は寒いから、あったまるよ」
 しかし、花は亮の戸惑いに気づかず、楽しげにそんなことを言った。
 その手元には、色々な食材が入れられて煮られている鍋がある。
 おそらく、花の国で、この料理を「鍋」と呼ぶのだろうと、亮は見当をつけた。
 ややこしい。
「うまそうな匂いだな!」
「道士様! ナベできた?」
 そこに、 晏而と季翔が、ひょっこりと現れた。
 亮は思わず顔を顰めてしまう。せっかく花と二人きりの時間だったのに、台無しだ。
 しかし、女性の花と子供の亮の分にしては、鍋の中の食材の量が多すぎるので、このことは予想ずみだったが。
「どうして晏而たちが来るの?」
 つい憎まれ口を叩いてしまう。
「もちろん、道士様に呼ばれたからだ」
 そんな亮に、晏而は大人げなく勝利の笑みを向けてきた。
 亮は、頬をひきつらせる。
「道士様の手料理!」
 睨み合う晏而と亮に気づかず、季翔が嬉しそうに叫んだ。
「鍋は大勢で食べた方が楽しいですから」
 そして、その花の言葉で、亮は何も言えなくなってしまう。
 食事の間だけ停戦で、片づけは全て押し付けようと決めた。
「あー、晏而、肉ばっかり食うなよ!」
「それはてめぇだろ!」
 晏而と季翔は意地汚く、肉の取り合いをしている。
 亮は大いに呆れて、そっと白菜を食べた。
 けれど、ちらりと窺えば、花は楽しそうに笑っている。
「たくさん頂いたので、大丈夫ですよ」
「道士様、もう全部いれちゃお!」
「ああ、そうだな。どうせ全部食うんだ」
 肉が少なくなった鍋の中に、また山盛りの肉が投入された。亮には、見ているだけで胸やけを起こしそうな量だ。
 しかし、確かに、二人きりの食事ではこのにぎやかさはない。花も楽しそうだし、たまには大目に見ようと、亮は黙って豆腐を食べる。
「亮、お前は肉食っとけ」
 季翔の箸の先から肉を奪った晏而が、それを亮の皿に放り込んだ。
 一枚ではなく、四、五枚一気にだ。
 こんもりと山になった肉に、亮は眉根を寄せる。
「こんなにいらない」
「いいから食っとけ」
「いらないなら俺が食う!」
「お前はつゆでも飲んでろ!」
 横から季翔が肉を奪おうとすると、晏而の鉄拳が飛んだ。
 山盛りの肉に、亮はためいきをつく。
 しかし、湯気の向こうで、花が笑っていた。
 それを見ると、怒る気が失せてしまう。
 花が笑っているから許すが、次はない、と亮にしては大きな寛容を見せて、亮は肉を口の中に放り込んだ。


「っくしゅ」
 花のくしゃみに、孔明は顔を上げた。
 今日はひどく寒い。部屋の中でも吐く息が白かった。
 長椅子に並んで座って、孔明は読書、花は編み物をしていたが、花は時折手を止めて、手に息をかけていた。
 暖房をつけてはいるが、どうも寒い。
 孔明は書物を脇に置いた。
「花、手を貸して」
「はい?」
 孔明の唐突な呼びかけにもかかわらず、花は首を傾げながらも素直に手を差し出す。
 孔明はそれを握りしめた。
「冷たすぎる」
「孔明さんもです」
 あまりに冷たい花の手に、孔明は顔を顰める。
 しかし、花も同じような顔をした。
「うん、確かに」
 花の指摘通り、孔明の手も冷たく、花の手を温められるとは言えない。
 こんな寒い日は、いいものがあったはず、と孔明は記憶をたどって、思い出した。
「今日は鍋にしようか。あれあったまるよね」
 あったかい湯気が立ち上るにぎやかな食卓。遠い思い出だ。
「お鍋いいですね!」
 花も笑顔で頷いている。
 今日の夕飯は決まりだ。鍋はおいしい。
「……あ、晏而さんたちも呼びましょうか?」
「は?」
 その突拍子もない提案に、孔明は思わず素で聞き返してしまった。
「鍋は人数多い方が楽しくないですか?」
 そんな孔明の反応に、花は少し語気が弱くなる。
 それは、昔も聞いた。
 あのときは、花を独り占めする権利はなかったから、何も言えなかった。
 だが、昔と今では違うのだ。
「やだ。無理」
「無理ってなんですか」
 花は、不可解そうに眉根を寄せている。
 そんな顔をされても、無理なものは無理だ。花との時間を共有するつもりはない。
「ああ、でも、名前出すとさ、嫌な予感、というか……」
 しかし、言いながら、孔明は、嫌な予感が心の中に広がっていくのを感じた。こういう予感はよく当たる。
 そして、まるで孔明の言葉に応じるように、家の呼び鈴が鳴った。
 孔明と花は顔を見合わせる。
 これは、きっと、予感的中ということなのだろう。
 孔明は大きくため息をついた。

嫁です

 

 花は食材を抱えて、孔明の家に行った。
 玄徳軍は今まで仮住まいだったので、孔明たちも城内の部屋で済ませていたのだが、成都に腰を据えることになって、臣下たちも城下に家を持ち始めていた。その中でも一番といってもいいほど早く、孔明は家を構えた。
 上が作らないと下が作れないでしょ、というのが彼の言だったが、ひきこもれる場所がほしかっただけではないかと花は睨んでいる。
 そうでなければ、休みを毎回、家の中に閉じこもって過ごすはずがない。
 近頃は政務も落ち着いてきて、孔明も休みを取れるようになっていた。それでも月に一日、二日という少なさなのだが、その貴重な休みを、孔明は一日中、外に出ないで過ごすのだ。
 花は今までもたびたび孔明の家を訪ねていたが、先日、閉じこもっているばかりか食事もとっていないことを知り、今日は食事を作ろうと思って、仕事終わりにやってきたのだ。
「お邪魔します」
 中に声をかけながらも、勝手知ったる他人の家なので、どんどん奥へと進む。
「あー、花、いらっしゃい」
 家の主は、相変わらずだらしなく床に寝そべっていた。
「師匠……」
 その姿はまったく玄徳軍の重臣に見えない。というより大人としてどうかと思うだらしなさだ。家の中なのだからいいのかもしれないが、限度というものがある。それに親しい仲とはいえ、一応客が訪ねてきているのだから、寝そべったまま迎えるのもどうかと思う。
 ここは少し苦言を呈する必要がある、と花が口を開こうとしたときだった。
「?」
 台所の方から何やら音がするのを聞きとめて、顔を向ける。
 孔明は一人暮らしのはずだ。
 家を持ったり、休みをもらえたりしているものの、いまだ生活の大半は城で過ごしている。食事も城でとるのが常だった。そんなわけで、孔明の屋敷には決まった使用人がいない。
 だが、ついに世話をしてくれる人を雇ったのだろうかと思っていると、その台所の方から人が現れた。
「お、道士様だったか」
「あ、晏而さん!?」
 花はびっくりして大声をあげてしまう。
 それは、晏而だった。
 白い前掛けをつけ、菜箸を握っている。
 あまりにも似合わない。
 ひどい光景だ。
 いや、ひどいのは、ひどいと思ってしまう花だ。
 花は混乱を極めていた。
「な、なに……してるんですか?」
 見ればわかるのだが、聞いてしまう。
「こいつ、放っておくと何も食わないからよ。隆中のときから、たまに飯作ってやってんだ」
 晏而は親しい様子で孔明を指した。
「肉も野菜もちゃんと料理してやらないと、栄養とれないからな」
 そう言って、晏而は快活に笑う。
 前掛けに菜箸。
 台所からはいい匂いが漂ってきている。
「こいつは食わないうえに偏食だから、手間がかかってよ。根野菜はやらかくなるまで煮込まないと食わねえし、肉も――」
 嫁だ。
 孔明の嗜好を細かに語る晏而を前に、花はそっと買ってきた食材を背中に隠した。

すくう

 ゆらゆらと黒い水が揺れている。
 ここは暗い深い底の底。
 この暗さは知っている。これは光のない世界。己の目が閉じて、何も見えていない、彼女に出会う前の世界だ。
 ボクはまたここに戻った。
 それだけのことだ。
 こうなることはわかっていたし、それでもボクには手を放すことしか選べなかったのだから。
 彼女の、あの人のしあわせは別の世界にある。
 ただ――。
 そう、少しだけ、光を知ったこの目には、この世界は暗すぎる。
 ここが暗いと知ってしまった。
 終わりのない底に足がずぼりとはまり、体がからめとられるように沈んでいく。
 ボクは二度ともう、あの明るい日々へは戻れない。
 ボクをすくいあげられるのは、ただひとり、あの人だけだから。
 言葉さえ消えていくようなこの世界で、あの人の名だけは、最後まで失われずに持っていたいと願う。
 この意識がとけて、ボクがなくなるその瞬間まで。

 花。

 ボクははっと目を開いた。
 彼女の名を心に浮かべただけで、こんな暗い世界の中でも、鮮やかに光が生まれて、ボクの目を開かせる。
 そんな存在をなんていうのか、ボクは知らない。
 愛しさを超えて、ボクの中にあった。
 こぽりと、とまるで水の中のように、息が気泡を作る。その気泡は、ゆらゆらとどこまでも昇っていった。
 だいぶ下まで落ちたようだ。
 このままボクはなくなっていくのだろう。
 きっとそれも悪くない。

「師匠!」

 ボクがそっと目を閉じたとき、突然、声が響いた。
 暗い闇をうち払い、どんなに遠く離れていても、ボクに届く声。
 ボクは、目を開ける。
 その途端、思わず目をつぶってしまうほどの光が飛び込んできた。
 眩しい。
 けれど、ボクは見た。
 花がいた。
 ああ、ボクはもう一度生きていいのだろうか。
 いつも君に救われる。
 君にここからすくわれる。

シンクロニシティ

 少しでも孔明を知っている人からは、どうして、彼なのかと聞かれる。彼らが言うには、頭が良くてももっと優しい人はいるし、想ってくれるならもっとわかりやすい人がいるのに、どうして孔明なのかと。
 彼らの筆頭である芙蓉曰く、孔明は「ひどく面倒な男」だそうだ。よりによって、孔明かと言われたこともあった。
 確かに、孔明は世間で言うところの好青年ではないと、花も思う。
 一癖も二癖もあるし、その本意がどこにあるのかわかりづらい。
 だから、彼らの言うとおり、孔明より優しいひとはたくさんいるだろうし、気持ちがわかりやすい人もごまんといるだろう。
 そういう人の方が付き合いやすいし、苦労しない、と彼らは言う。
 それはそのとおりかもしれない。
 付き合いやすいかどうかで言ったら、孔明は付き合いづらい人の部類に入る。
 でも、花は孔明だった。
 彼らが言うような苦労を感じてもいないし、孔明といて面倒だと思うこともない。
 花は孔明と合っているのだ。
 どこがいいのと聞かれることもある。
 それには、たぶん、と花は思う。
 花は孔明を尊敬している。
 どこまでも見通し、考えつくし、手を打つ孔明は、最高の軍師だ。その思考の軌跡も鮮やかで、同じ道にいる者として、できるはずがないと分かっていても、孔明のようにありたいと憧れてしまう。
 それがまずあって、けれども、孔明になりたいわけではなくて、そんな孔明とともにいたいと思うのだ。
 そばで、足手まといにならず、その助けになれたら、これほど嬉しいことはない。
 そして、師匠と弟子というだけでなく、誰よりもいちばんそばにいられたら、これほどしあわせなことはないと、思うようになっていた。
 今、花は孔明とともにいる。
 それはとても自然なことだった。
 孔明を好きで、孔明に好かれて、一緒にいたくて、共にいる。
 結局は、恋に理由などないのだろう。
 それでも、この恋に理由があるとしたら、それは、この世界に来たからだということかもしれない。

毎日想う

 彼女の声はどこにいても届いて、気づけば、彼女の姿を目で追っていた。
 恋をしているのだと、すぐに気づいた。
 だから、彼女が目の前から消えてしまったときは、とても混乱したけれど、それからも毎日、彼女のことを想った。
 再会して、また恋をして、信じられないことに彼女を得ることができた今も、毎日。
 毎日、彼女を想っている。


 すでに真夜中といっていい時間だった。辺りはしんと静まり、夜の気配に包まれている。城の中で起きているのは、見回りの衛兵と孔明くらいだろう。
 ふと、明かりの揺らぎが目に留まって、孔明は手を止めた。
 気づけば処理した書簡がこんもりと山を作っている。
 短く昼の休憩をとってから、気づけば今だ。間の時間は盗まれたかのように記憶にないが、書簡の山が、孔明がしていたことを明らかにしている。
 しかし、集中力がぷつりと切れてしまった。
 孔明は目を書簡から離して、筆をぶらぶらさせる。頬杖をついて、一息吐くと、ぼんやり、花はもう寝ているだろうかと思った。
 今日の夕飯は何だろう。
 せっかく作ってくれたのに食べなかったら、残念に思うだろうか。
 起きて待ってたりしていないだろうか。
 いや、花のことだから、孔明を待っているうちにうたた寝をしていることだろう。最近蒸す日が続いたが、今日は少し肌寒い。うたた寝などしていたら、風邪を引いてしまう。
 それはよくない。早く帰って、花を寝台に寝かせてあげないと、と思って、孔明は、ちら、と書簡を見た。
 残りはあと少しだ。
 しかし、切れた集中力は戻らない。
 そして、花のもとに行きたい。
「うーん」
 孔明は背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。
 仕事を片づけるべきだとは分かっている。
 まだ大丈夫だからと後回しにした結果がこれだ。
 だが、明日でいいような気もする。
 明日でいいんじゃないだろうか。
「孔明さん?」
 花の声が聞こえた。
 いつでも花の声は頭の中で再現できるが、こんなにもはっきりと幻聴が聞こえるのは、疲れているからだろう。
 やっぱり帰った方がいいらしい。
 帰ろう、と孔明は心を決める。
「孔明さん、どうしたんですか?」
 もう一度はっきりと、それも近くから花の声が聞こえた。
 あまりにも明瞭な声に、孔明ははっと顔を起こす。
 目の前に、花がいた。
「き、君! どうしたの?」
 孔明は思わず腰を浮かせてしまう。
 確かに花だ。何度か見たことのある幻ではない。
「あ、あの……」
 花は孔明の勢いに驚いたように、口ごもった。
「まさか、ボクの帰りが遅いから様子を見に来たとかじゃないよね!? 夜、一人で外を歩いたら危ないだろう?」
 もし花に何かあったらと想像するだけで、胆が冷える。
「い、いえ、あの……半分正解で半分外れです」
 孔明が顔を青くすると、花は慌てて言った。
「どういうこと?」
「書庫の仕事が遅くなったので、孔明さんが終わるのを待っていたんです。でも全然出てこないので、覗いてみたら、ぼんやりしていたので……」
「ああ、そうだったんだ」
 孔明はほっと胸を撫で下ろす。夜道を一人で歩いたわけではないと知って、ひどく安心した。
「外がすごく暗かったので、一緒に帰りたいなって思ったんです」
 怖いから、とは言わずに、花は言う。
 滅多に聞けない甘えた言葉に、孔明は、今すぐ花を抱きしめたくなった。しかし、執務机が邪魔をして、手を伸ばしても花に届かない。
「か、帰ろう! すぐに帰ろう!」
 孔明は急いで筆を置いた。硯も何もこのままでいい。明かりだけ消して、今すぐ家に帰るのだ。
「駄目ですよ。それ、今日中ですよね」
 だが、花は孔明の手元の書簡を指差す。
「大丈夫。明日の朝一番でも全く問題ないよ」
「大丈夫じゃありません」
 孔明がにっこり笑って花の指摘を聞き流そうとすると、花はきっぱりと首を振った。そこには、さきほど甘えてくれた甘さの欠片もない。
「……君、前より厳しくない?」
 孔明は思わず唇を尖らせてしまった。
「そんなことないですよ。私も手伝うので、終わらせてしまいましょう?」
 だが、花は全く構わず、机を回って隣に来る。
「…………うん。じゃあそうしてもらおうかな」
「はい!」
 孔明が観念して頷くと、仕事をするというのに、花はとても嬉しそうに返事をした。
「がんばって終わらせて、早く帰りましょう」
 花はうきうきしているようにも見える手つきで、処理の終わった書簡の整理を始める。
 一緒にいられるのが嬉しい。一緒に帰れるのが嬉しい。
 花の気持ちが伝わってきて、孔明の頬は緩んでしまう。
「そうだね。早く帰って、君と一緒に寝たいな」
 孔明は、花が勘違いするような言い方を選んで呟いた。
「えっ!?」
 花は手にしていた書簡を取り落とす。見事な反応だ。
「今、なに想像したの?」
 孔明はにやにやと尋ねる。
「なにも!」
 花は首を振るが、その耳まで真っ赤だった。
「なにも?」
 孔明は問い返しながら、花の腕を引く。
「えっ、わっ!」
 そして、バランスを崩して倒れる花を、膝の上に抱きかかえた。
「ちょっと休憩しよう」
 ようやく花を抱きしめることができて、孔明は満足する。
 花の温もり、花の匂い。それら全てに癒された。
「駄目です!早く終わらせましょう」
 しかし、花はぴしっと孔明の手を叩くと、さっさと孔明から離れてしまう。
「……やっぱり厳しくない?」
 結婚して数年経つと、甘い関係など望めないのだろうか。
 孔明は、手を取るだけで顔を赤くしていた頃の花を想い、わずかに寂しくなる。
「そんなことないですよ」
 花はそう言うなり、孔明に素早く口づけた。
「!」
 びっくりしている間に、花は離れてしまう。全く味わえなかった。
「も、もう一回」
「駄目です。仕事、終わらせてからです」
 それは、仕事が終わったらもう一回があるということだろうか。
「…………」
 ならば筆を取らざるをえないではないか。
 孔明は、乱暴に置いた筆を再び手にする。
「……どこでこんなこと覚えたんだろ」
「え?」
 思わず孔明がぼやくと、花はきょとんとして聞き返してきた。
「ボクに仕事をさせる特効薬ってこと」
 分かっているくせに、と思いながら、孔明は筆を走らせる。
 しかし、花は不思議そうに目を瞬いた。
「……私は、孔明さんにしたかっただけですよ」
 花の言葉に、孔明は手が止まる。そして、机に突っ伏した。
 花を視界から外さないと、どうにかなってしまいそうだった。
 本当に、どれだけ想っても足りない。愛しさはあとからあとから湧いてくる。
「こ、孔明さん?」
 戸惑ったような花の呼びかけに、孔明はゆっくり体を起こした。
 まだ転げまわってしまいそうな心をどうにか押さえて、花を見る。
 花が好きだと想った。
「好きだよ」
 想ったら、口にしていた。
 花は驚いたように目を見張る。
 自分はあれだけのことをしておいて、これだけのことで驚くのだから敵わない。
「伝えたかっただけ」
 孔明は続けた。
 想いを告げたのは、花と同じ原理だ。
 ただ、愛しくて。好きだから。
「……はい」
 孔明の気持ちが伝わったのか、花は嬉しそうに笑って頷いた。

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