夏祭り(まこあん)
2016.9.4 ブリデ4の無配
トリスタとあんずで夏祭り
※これだけリメンバーにひきずられてちょっとシリアスです
「夏が終わるー!」
明星スバルが突然、諸手を挙げて叫んだ。
しかし、机を囲む誰もが顔を上げない。
(も、もう少し待ってね、明星くん。もう少しできりがいいから……!)
誰も応じないので、遊木真は自分が返事をしようと思うが、ひとまず手元のものをきりのいいとこまで終わらせてから、と思って、机にかじりついた。
「夏が終わっちゃうよ! ホッケ~!」
業を煮やしたスバルは隣の氷鷹北斗を名指しする。
「うるさい。当たり前のことで騒ぐな」
北斗は顔も上げずに、スバルを注意した。
「季節が巡るのは当たり前のことかもしれないけど、今年の夏は一回しかないんだぞ!」
「なんかかっこよく言うな~」
結局、騒ぐスバルに最初に応じたのは、世話焼き屋の衣更真緒だった。スバルの向かいで、真緒はシャープペンシルを置いて笑う。北斗はすでに聞いていない。
(あっ、衣更くんに先越されちゃったな)
遅れて真も顔を上げた。
「夏祭り! 行ってない! スターマインのあと行くって言ったじゃん~! みんなで遊びたい~~!」
スバルはばたばたと手足をばたつかせる。
(夏祭りかあ……)
それを聞いて、真はタブレットを引き寄せた。
「おい、やめろ」
スバルの隣の席の北斗は、スバルがじたばたとする影響をダイレクトに受けて書くことを続けられなくなったらしく、やっと顔を上げた。
「まあなあ。ライブしたりレッスンしたり、花火は見たけど高校生らしい夏らしいことしてないよな~、俺たち。アイドルとしては正しいのかもしれないけど」
「でしょ! サリ~はわかってくれると思った!」
真緒が苦笑して譲歩してみせると、スバルが我が意を得たりと顔を輝かせる。
「あ、まだ近くでこれからのところがあるよ! 明星くん」
夏祭りを検索すると、なんと今週末に開催されるものがヒットしたので、真はスバルにタブレットを差し出した。
「ほんと!? ウッキ~たま~にすごいよね! 天才! 愛してるよ!」
「明星くんは、たまにひどいよね! もっと普通に褒めてほしいな!」
けなされているのか褒められているのかわからない発言だが、スバルは喜んでくれたようなので、真はよしとした。
「ホッケ~! 夏祭りが俺たちを呼んでる!」
スバルは、タブレットを掲げて、北斗に見せる。その動きはひどく雑だ。
「あ、明星くん、落とさないでね!」
真は、スバルがタブレットを落とさないかとはらはらして腰を浮かせ、取り戻そうと手を伸ばす。
「ほら、こっち、こっちだよ~☆」
「明星くん~!」
スバルは真の手が届かないところで、右に左にタブレットを振る。それを追いかけて、真は右往左往した。
「お前たち、今日なんのために集まっているのか、忘れたとは言わせんぞ!」
タブレットの取り合いでふざけだしたアホコンビに、北斗が怖い顔で雷を落とした。
「す、すみませんでした!」
これは本気のお説教だと察し、ふたりはすぐに謝って着席する。
「少しはあんずを見習え」
北斗は、ふーっと息を吐いてから、この騒ぎの中、黙々と問題集に向かって、手を止めずにいるあんずを指し示した。北斗に名指しされても、あんずは顔を上げない。きっといつものことと処理して聞いていないのだろう。すばらしい集中力だ。
「確かに、スターマインの後、夏祭りに行こうとは言った。だが、こんなひどい状態とは知らなかったからだ。夏休みはあと一週間だというのに、どうして、こんなに宿題が終わってないんだ、お前たちは!」
北斗の叱責に、スバルと真はぐっと押し黙る。仰る通りで、何も言い返せなかった。
今日、『Trickstar』の四人とあんずが夏休みの教室にいるのは、終わっていない宿題を共に片づけるためだった。ライブにレッスンにと精を出していた結果、終わっていなくてはならない宿題がそれぞれあることに気づいて、それならみんなで一緒にやろうということになって集まったのだ。
そして、早速集中力が切れたスバルの、先の発言だった。
「宿題なんて、いちにちあれば終わるよね☆」
「出た。天才発言。そんなに簡単に終わったら、苦労しないよ~」
真は、半分以上のページが真っ白な数学の問題集をぱらぱらとめくって、絶望的な気持ちになる。
「それは終えてから言え。……ふむ。そうだな。宿題が終わったら行ってもいいぞ」
北斗は、みんなが持ち込んだ残りの宿題の山を見て、そう言った。この餌で、スバルも腰を落ち着かせて宿題に取り組んでくれればいい、と思ったのだが、北斗のその言葉を聞いた途端、スバルはとびきりの笑顔になって、諸手を挙げた。
「やった~! ウッキ~死ぬ気で終わらせるんだぞ」
そして、自分のことは棚の上にあげて、真の肩を叩く。
「明星くんだって終わってないくせに~」
「俺は終わる!」
真の指摘に、スバルは断言した。
何の根拠で、と思うものの、スバルのそのきっぱりとした発言は、そうなる予感しかしないからすごい。
「ああ、明星くんが言うと、本当に終わりそうだから、ずるいよ~。僕、要領よくないから、時間かかっちゃうんだよね」
真はとほほ、とその肩を落として、また問題集に向き直った。
「あっ! あんず、浴衣着てね? ジャージなんて着てきて男のロマン潰さないでね」
もう夏祭りが確定事項になったスバルは、夏祭りに思いを馳せかけて、スターマインのときに聞いた恐ろしいことを思い出し、はっとあんずを振り返る。
明確に話しかけられて、あんずはようやく問題集から顔を上げた。
「ロマン……なの? 浴衣だと動きにくいし、みんなの足手まといになっちゃうから嫌だな」
問題集をやっていたものの、話は聞いていたらしい。あんずは胡乱げに首を傾げながら、そう答えた。
つまり、まるで、ジャージで行く気満々だ。
「ロ、ロマンだよ! あんずちゃんの浴衣!!」
真は、ぎょっとして立ち上がる。
夏祭りにジャージなんて嫌だ。あんずの浴衣姿が見たい。夏祭りなんてそのために行くようなものではないか。スバルの言う通り、男のロマンだ。
「真、落ち着けって」
「う、うん……」
真緒にベルトを引っ張られて、真は着席する。
確かに、興奮し過ぎてしまった。あんずがいつものようにジャージで夏祭りに来るところが容易に想像できて、いてもたってもいられなかったのだ。
「だって、下駄は歩きづらいし、靴擦れとかしたら迷惑かけちゃうし、ジャージが駄目ならせめて私服がいいな」
だが、真の魂の訴えにも全く心が動かされなかったらしく、あんずは冷静に言った。
全くもって正論だ。しかし、それを越えて、夢がある。ロマンがあるのだ。
「迷惑じゃない。浴衣がいい!」
スバルが断固として主張する。真も、うんうんと頷いた。
「靴擦れしたらおぶってやるよ」
真緒もふたりを援護してくれた。
真たちとは異なるアプローチに、あんずの眉根が寄る。
「それ、迷惑かけてる」
「迷惑じゃないって。男四人もいるから、俺が疲れても、かわれるし。ま、お前運ぶくらいなんともないけどな。いつも凛月運んでるからさ」
真緒の言葉に、あんずの眉間の皺はますます深くなった。説得されつつあるのだろう。
(衣更くん、さすがだなあ……)
あんずの心の動きを見てとって、真は感嘆する。
真緒のように軽やかに負担を取り除くことが言えたら、どれだけかっこいいだろう。
「家まで迎えに行ってやるし」
「えー」
逃げ道を塞がれてあんずはついに声を上げた。普通の女の子ならときめくところだろうに、あんずはかなり不服そうだ。
「そんな迷惑そうな顔すんなよ」
真緒も苦笑している。
「だって、浴衣着ざるをえなくなってる」
「俺もあんずの浴衣姿見たいし? あんず、似合うと思うんだよなあ。絶対かわいいって」
「う……」
真緒がさらりと言うと、その言葉には、さすがのあんずの顔も赤くなった。
(あ、あ、僕もそう思う……!)
真は、全力で真緒に賛成するが、言葉にはならない。言いたいのに、伝えたいのに、口から出ていかない。
笑う真緒と恥ずかしそうなあんずとで世界ができていて、真などでは入り込めそうにないと思ったのだ。
(……ああ、ダメだな……)
真は、諦めて、代わりにただの息を吐き出す。
(まあ、僕なんかよりも衣更くんが見たいって言った方が、あんずちゃんも嬉しいだろうし……)
あんずが浴衣を着てきてくれたら真は嬉しいが、真の嬉しさなど、あんずには関係のないことだ。だから、今は真緒に任せておこうと、真は口を閉ざした。
真緒ならば、あんずを喜ばせることができる。
真もあんずが大好きだから、できれば喜ばせたいと思うけれど、でも、できないことを知っている。
真は、そっとあんずを見た。すると、気づかれないようにこっそりしたつもりだったのに、あんずと目が合って、どきりとした。けれど、こういうとき、笑うのは得意だ。
「転ばぬ先の衣更くんだね☆」
何事もなかったように笑って、いつも通りボケる。
――これで大丈夫。
「なんだそれ」
「出た! ウッキ~の滑り芸!」
真緒が苦笑して、スバルが囃し立てる。
「芸なんかじゃないよ~!」
口は勝手に返事をしてくれるから便利だ。
そうしている間に、どろりとしたものは、心の中の箱に閉じ込めて鍵をかけて、そうしたら、いつもどおり、陽気な眼鏡の「ウッキ~」だ。
「はい、じゃあ、けってーい! 俺たちも浴衣着ていくからさ☆」
スバルは勝手に決定事項にして喜んだ。
その言葉に、今度は真緒が慌てる。
「え、ちょっと待て。俺、浴衣あったかな」
「私だけに着させる気だったの?」
あんずの冷めた目が、真緒を突き刺した。
「あ、いやー……女子は華だけど、ヤローはどっちでもいいだろ?」
「私も真緒くんの浴衣姿見たいな」
あんずはさきほどのお返しとばかりに、にっこりと笑う。
「う……」
「ないなら貸そうか。毎年、おばあちゃんが仕立ててくれるんだ。去年のならサイズも大丈夫だろう。俺がそっちを着てもいいしな」
顔をひきつらせる真緒に、北斗が助け舟を出した。おばあちゃん絡みの話なので、ひどく誇らしげだ。
だが、それは助け舟であって助け舟ではない。
「い、いや、そんな大事なもの借りられないし、探してみるよ。たぶん家にあったと思う」
真緒は慌てて首を振る。
北斗のおばあちゃんお手製の浴衣など、恐れ多くて着られない。万が一、汚したりなどしたら、北斗が取り返しがつかないほど落ち込むことは目に見えている。そんな危険なものを借りられるわけがない。その気持ちがわかったので、真は声をかけた。
「衣更くん、もしなかったら、昔の仕事関係で浴衣も借りられるから言ってね」
「サンキュ、真」
真緒はほっとしたように笑った。
夏祭りまでにどうにか全員、すべての宿題を終わらせることができたので、北斗も納得して、夏祭りに行くことが決定した。
前日からグループラインは鳴りやまず、北斗にたびたびたしなめられるほど盛り上がって、真はそれがとても楽しかったし、祭自体ももっと楽しみになった。
大好きな仲間たちと、夏休みの最後、夏祭りに出かけるなんて、とてもしあわせだ。
真は下駄の歩きづらさに少し難儀しながら、それでもうきうきと集合場所のお祭り会場に向かう。
「氷鷹くん! 明星くん!」
「あっ、ウッキ~! こっちこっち~!」
待ち合わせ場所で、北斗とスバルを見つけて小走りに近づいていくと、スバルが気づいて、笑顔で手を振ってくれた。
「ちゃんと浴衣だね!」
ふたりのもとについた真は、挨拶よりもまずそれを言って笑う。
「まあな。衣更も家にあってよかった」
「そうだね。これで浴衣着てこなかったら、あんずちゃんに口聞いてもらえないだろうし……」
「あんず、どんな浴衣だろう? サリ~が迎えに行ってるんだっけ?」
スバルはわくわくが抑えきれない顔で、きょろきょろと周りを見回した。
「うん、そのはずだよ」
結局、あの日の話は全て実行されることになったため、五人とも浴衣着用必須だし、真緒はあんずを迎えに行っているはずだ。
「お前はそればかりだな」
あんずの浴衣のことばかり気にするスバルに、北斗は呆れ顔で言う。
「えー、だって楽しみじゃん。ホッケ~わからないの? 男のロマン」
「確かに、浴衣姿を見てみたいとは思うが……」
「でしょでしょ!」
「でも、そこまで騒ぐほどではない」
「も~! ホッケ~ももっと欲望に忠実になろうよ! アホになろう! アホトリオを結成しよう!」
「断る」
「冷たすぎ!」
ふたりの漫才のような会話に、真は笑う。
真も、あんずの浴衣姿は大いに楽しみだった。昨日のラインでも、それでしばしばスバルと盛り上がりすぎて、あんずと北斗を呆れさせていたくらいだ。
「おーい!」
真緒の呼びかけが聞こえて、三人はそちらを見る。
通りの向こうに、真緒とあんずがいて、真緒が手を振っていた。
予想はしていたが、ふたりは手をつないでいる。
(う、うらやましい……!)
恐らく歩きづらいから手を貸したのだろうが、どんな理由であれ手をつないでいることにはかわりない。
真はうらやましくて、その手を見つめてしまう。
「サリ~! あんず~! こっちこっち!」
スバルが、真が来たときと同じように、ふたりに向けて大きく手を振った。
真緒があんずに気を配りながら、往来を横切って、三人のもとにやってくる。
「あんず、かわいい!」
ふたりが到着するやいなや、スバルはぴょんと跳ねて、あんずに飛びつこうとしたが、それを予想していたのか、あんずは俊敏に真緒の後ろに隠れた。
「崩れるから駄目」
「う……わ、わかった」
真緒の背中から顔を出すあんずの目が据わっているので、さすがのスバルも引き下がる。
しかし、それで終わらないのがスバルだ。それならば、とスバルはあんずに向けて手を差し出した。
「わかったから出てきてよ。もっと見せて?」
あんずは、真緒の袖を掴んだまま、迷うようにスバルの手を見つめる。
「ほら」
「わっ」
あんずが固まっていると、真緒が体を動かし、あんずの手をスバルに渡した。
スバルはふわりと優しくあんずを自らの方へ引き寄せて、手を放す。
「うぅ……」
みんなの真ん中に引き出されて、あんずは恥ずかしそうに肩をすぼめた。
「へへっ、やっぱりかわいい」
「ああ、よく似合っている」
スバルが笑うと、北斗も彼にしてはきちんと褒め言葉を送った。北斗にまで遅れをとってしまって、真は慌ててふたりに並ぶ。
「う、うんうん! あんずちゃん、かわいいよ。ありがとう、浴衣着てきてくれて!」
「う、うん、ありがとう……」
真が前のめりに言うと、あんずはいちど真を見て礼を言ったが、すぐに恥ずかしそうに目を伏せた。
いつもおろしている髪を、今日はゆるく編み込んでまとめているから、細い首が赤く染まるのも見えて、真はひどくどきどきした。
「ほら、言ったろ? 似合ってるって」
真緒はあんずにそう言ってから、真たちを振り返る。
「お前たち、俺に感謝しろよ? あんずがやっぱりジャージにするって言うの、必死に止めたんだからな~」
「サリ~えらい! 神様仏様衣更真緒様~!」
「はは~っ!」
胸を張る真緒を、スバルと真は拝み倒した。
そんなことがあったなら、本当に真緒が迎えに行ってよかった。
「そ、そんなに?」
ふたりの感謝ぶりに、あんずが目を丸くして驚くので、真は力強く頷いた。
「そんなにだよ! あんずちゃん、すごくかわいいもの。ほんとジャージじゃなくてよかった……!」
「あ、ありがとう」
真が感激もそのままに言うと、あんずはまた恥ずかしそうに顔を赤らめる。
(ああ、かわいいな。ぼ、僕もあんずちゃんと手をつなぎたいな……)
浴衣姿のあんずはいつにもましてかわいらしい。
祭の中は人で溢れているし、下駄は歩きづらい。このあとも、あんずの手を引く係は必要だろう。真緒はこに来るまで、スバルはさきほど、その手を取ったのだから、今度は自分の番でもいいのではないだろうか。
真は、他の三人を窺う。北斗たちの手はみんな下がっていた。あんずの手を取ろうという気配はない。ならば、今、ここで手を挙げたら、願いは叶うかもしれない。
「あの――」
「よーし、ウッキ~食い倒れだ!」
だがしかし、真が一歩、あんずの方へ踏み出すより一瞬早く、スバルががっしりと真の肩を組んだ。
「えっ、あ、明星くん!?」
そのまま歩かされて、真は慌てる。
あんずの手を引きたかったのに、とあんずを振り返ると、あんずは楽しそうに笑って、その手を振った。
(い、いや、違うんだよ! あんずちゃん!)
真は心の中で訴える。
「転ぶなよー」
いつもの「アホコンビ」の行動だと思っているのだろう、真緒は笑いながら注意して、あんずの手をとった。
まるで自然な流れだ。
(ああ……そう、だよね……)
それを見て、諦めもついた。
その役目は、いつでもほとんど真緒のものだから、はなから真の番などなかったのだ。
(うん……)
真は、あんずたちに笑い返す。
「転ばないよ~大丈夫!」
「ウッキ~、転んだときは俺が助けてやるからな!」
「明星くん! 頼りにしてる……!」
真緒に返事をする真に、スバルがキラキラオーラを振りまいて、手を差し出した。真は目を輝かせてその手を取り、ふたりは固く握手を交わす。
「あれは、なんだ?」
「楽しそうだからいいんじゃね?」
どこに突っ込めばいいのかわからず困惑する北斗に、真緒は笑って答えた。
そんな声を聞きながら、真は心の中の箱にまた鍵をかけた。
「はー疲れた。あんずちゃん、大丈夫? 足、痛くない?」
二時間ほど遊び回ったあと、真とあんずは並んでベンチに座っていた。
スバルたちは金魚すくいで競っている最中だ。魚が苦手な真はその勝負には加わらず、あんずとともに小休憩をしていた。
真緒に掴まっていたとはいえ、ずっと歩きっぱなしだったし、慣れない下駄で疲れただろうと思ってあんずを窺うと、あんずは笑って首を振った。
「うん、大丈夫。ありがとう」
「無理しないで言ってね。衣更くんも言ってたけど、僕だっていつでもおんぶするから」
これが真以外の誰かだったら正直に疲れを話してくれるのだろうかと、ほんの少し思ってしまう。あんずをおんぶするくらいの力は真にだってある。けれど、頼ってもらえるようになるには、まだまだ足りないのだろう。
「ありがとう。真くんも大丈夫? 疲れてない? 結構人が多かったね」
「大丈夫だよ」
逆に、あんずに気遣われてしまって、真は少し情けなく思いながら答えた。
確かに、思った以上の人出ではあった。この辺りでは最後の夏祭りだから、みんな、ゆく夏を惜しんで遊びにきているのかもしれない。
「うん。ほんとに人が多いよね。でも、すごく楽しいから、気にならなかったな。みんなとこうして夏祭りに来られて嬉しいんだ。いつも明星くんにはびっくりするけど、感謝だね」
あのとき、スバルが駄々を捏ねなかったら、今日という日はなかったのだ。いつも唐突過ぎてびっくりするが、たいていはこうして感謝することになるから、スバルはすごい。
「うん。私もみんなと来られてよかった」
あんずも頷いて笑う。
しかし、その目が、ふと、わずかに真剣なものになって、真を捉えた。
「? あんずちゃん? どうしたの?」
なにかあったのかと、北斗たちを見遣るが、スバルが大騒ぎをして、北斗が諌めて、真緒が笑っているいつもの光景だ。
あそこに、「遊木真」というピースをはめると完成する『Trickstar』。
本当に愛おしい仲間たち。
けれど、本当は、『Trickstar』は、真なんていなくても成立するということを、真は知っている。
それでも、そこにいさせてほしいと願ってやまない。
今も、自分のいない『Trickstar』の景色に、胸が痛む。
こうであってもおかしくないのだ。
そう思ったら、心が虚ろになった。
――気づいて。
僕はここだから。
声にならない言葉が胸に積もる。
ふと、そのとき、スバルが顔を上げた。真を見て、にっこり笑ってピースをする。
「あは」
それだけで胸が熱くなる。
きっと、スバルが最も多く金魚をすくったのだろう。
ただそれだけのタイミング。けれど、最高のタイミングだ。
真は笑って、手を振った。
北斗や真緒も気づいて、笑いかけてくる。
彼らにも、真は手を振った。
ほんとうに愛しい仲間たち。
僕もずっと『Trickstar』でありたい。
「仲間」たちをずっと愛していたい。
「真くんは、『Trickstar』のみんなといるとき、ほんとうに楽しそう」
あんずがそっと言った。
「うん、楽しいよ。みんなのこと、大好きだから」
それを告げるのは、ほんの少し苦い。あの日の花火が蘇る。
この夏を通して、少しわかったことがある。それで、おろせた重荷もあった。
もう少し時間が経ったら、もっとわかることが増えるのだろうか。
もっとたくさんの荷物をおろせるのだろうか。この両手足についた鎖と重りを。
真は、あんずを振り返る。
あんずの目が気になったことを思い出したのだ。
「あんずちゃん、どうしたの? 急に」
「真くんは、『Trickstar』が大切なんだなって思ったの」
それはその通りだ。
それなのに、どうしてあんずは泣き出しそうな顔をしているのだろう。
「私はね、真くん」
あんずは、まっすぐに真を見つめてきた。
さっき見た、真剣な眼差し。
お祭の喧騒が遠ざかって、ただあんずの声だけが届く、不思議な時空だった。
「『Trickstar』も『遊木真』くんも愛してるから」
あんずの悲しそうな顔に、目を見開く。
どうしてそんな顔でそんなことを言うのだろう。
なぜか脳裏に、あの厄介で純粋な先輩の顔がよぎる。
「あんずちゃん?」
その表情の理由が知りたくて、真が問いかけても、あんずはそっと笑うだけだった。
「いつかわかってね」
いつか。
届いたらいい。
夏は過ぎゆきて。
秋になり、春になる。
おわり
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