サマーキャンプの夜(晃あん)
ツイッターで書くお題を決めてもらうという他力本願プレイの2個目あんスタ。
投票では恋戦記がいちばん多かったのですが、全部書いてみようと思っています。残りはめいこいとコドリアです。
この話は投票やる前から書いてたのですが、夏中かけても全然終わらず、ようやく書けたので、これ用にしてしまいました。ずる。申し訳ない!
サマキャンで、晃牙→あんずの恋愛未満こばなし
「いっしょに寝よう、あんず」
「うん」
乙狩アドニスの労わるようなやさしい眼差しに、あんずも嬉しそうに微笑んで頷いた――ところを目撃した大神晃牙は石化した。それによって気配や呼吸もうまく消えたらしく、ふたりのすぐそばの木の陰にいる晃牙に、ふだんは気配などに敏感なアドニスも気づいた様子はなく、あんずを伴ってテントを張っている広場へと戻っていく。
晃牙はそれを呆然と見送った。
目は驚きに見開きっぱなし、唇は何か言いたいのか自分さえもわからないが細かく震えて半開きだ。ただ、外見はほぼ固まっているものの、晃牙の中はパニックによる個々の細胞の千々の活性化によって、思考も動悸もめまぐるしく慌ただしいものになっていた。
(ア、アアアドニスとあんずはそーゆー仲だったのかよ! いっしょに寝るって……いっしょに寝るってえ!!?)
ふと、その「光景」がふんわりと脳裏に浮かびそうになって、ぼふんと顔から火が噴く。
晃牙は慌てて真っ赤になった顔を激しく振った。
それは駄目なやつだ。想像してはいけないやつで――けれど、あのふたりが――とまた考えがそちらにいきかけて、そのことに気づき無理矢理止めた。
しかし、思考をがんばって止めたところで、もやもやとした衝動は止めどなく湧き上がってくる。
(う、ぅあぁぁあ!)
どうしたらいいのかわからないもどかしさに、声にならない声を上げ、晃牙は頭を抱えてうずくまった。
それから二時間ほど過ぎて、辺りはすっかり暗くなっていた。
晃牙は、尻尾を丸めた犬のようなたたずまいで、広場の片隅にいた。
戻りづらすぎるが、テントに戻るしかない。さきほど、朔間零に、「わんこはテントの場所がわからないのかのう」などとからかわれてしまって癪だし、もう夜も更けて、他のみんなは各々のテントに戻っている。なんやかんやとテントに戻らずにいたが、もう限界だ。
だが、足が進まない。
テントは、各ユニットひとつずつという話だったが、例によって例のごとく、羽風薫が、男四人で狭いテントを使うなんて最悪だと言って、もう一張り用意したから、『UNDEAD』は三年生と二年生で分かれた。小柄なメンバーばかりの『Ra*bits』とは違って、『UNDEAD』はみんな体格がいいから、薫が提案したとき、また自分勝手が始まったとは思ったものの異論はなかった。広々と使えるならその方がいいとさえ思った。そのときは。
しかし、アドニスとあんずの話を知ってしまった今は、心から四人だったらと思ってやまない。そうしたらアドニスだって諦めたかもしれないし、もしあんずのところに行くのだとしても、晃牙ひとりで抱える問題ではなくて済んだ。
(うぐぐぐぐぐ……)
学年で分かれた結果、晃牙はアドニスとふたりで同じテントだ。あんずは女だから、ひとりでテントを使っている。「いっしょに寝る」となれば、アドニスがあんずのテントに忍んでいくということだろう。アドニスにそれを告げられるのか、晃牙が寝た後そっと出て行くのか、それとも何も言わずにさらりと出かけていくのか――。
どれでも気になって気になって、とても眠れるように思えない。
(うがあぁ! なんで俺様がこんなに悩まなくちゃいけないんだよ!)
あまりに悶々としすぎた結果、どうしようもなくなって、だんだんと地面を踏み鳴らした。
(アドニスの野郎、ユニット合宿中だっつーのに妙なこと考えやがって! じゃりんこたちもいるのによう! あいつもだ。プロデューサーがそんなことしてていいと思ってんのかよ!? そんな――そんな……っ!?)
怒りの矛先をアドニスたちに向けた結果、またふんわりといけない妄想図が浮かびそうになって、晃牙は慌てて頭を振る。そして、ぎりっと自分たちのテントを睨みつけた。
(……くっそう、アドニスにひとこと言ってやんよ!)
これほど悩まされたオトシマエと、練習に集中すべき合宿において不純な行いをしようとしていることへの抗議をするのだ。
あんずもあんずだ。プロデューサーのくせに、そんな下心を抱いて参加しているのであれば帰ってもらいたい。
特に、目指しているドリフェスのためというわけでもない、ただの練習のための合宿にまで付き合ってくれるなんて、やっぱりあんずは熱心なのだなと思っていたのに、あんずが付き合っていたのは、『UNDEAD』や『Ra*bits』ではなくて、アドニスにだったのだ。
そう思ったらつまらない気持ちが膨らんで、晃牙は舌打ちをする。
(チッ、せっかく、いっしょに合宿に行けるって楽しみにしてたのによう………………って、はあ!? た、楽しみってなんだよ! ちげーよ! いや、ちがくもねーけど……って……ああああ、くそっ!)
晃牙は心に浮かんだ考えに目を剥き、突っ込み、頭を振り、最終的に、再び地面を蹴った。まるで犬が自分の尻尾を追いかけ回しているようなぐるぐるした思考に、イライラは頂点に達した。このイライラももやもやも全部アドニスとあんずのせいだ。
絶対に文句を言ってやる、と意気込んで、晃牙はテントへとずんずん大股で歩いていく。その勢いのまま、テントの入り口の布をばさりと開けた。
「大神」
「っ!」
その瞬間、中にいたアドニスに待ち構えていたように呼びかけられて、晃牙は飛び上がって驚いた。心臓が一瞬口から出たのではないだろうか。命の危機だ。死因が驚きすぎなんてださすぎるから勘弁してほしい。
「驚かせてしまったか、すまない」
その晃牙の尋常ではない大きな反応に、アドニスは目を瞬いて謝った。
「きゅ、急に呼びかけんじゃねーよ!」
晃牙は、ドキドキドキドキとうるさいほどに激しく鼓動する心臓を押さえ、アドニスに牙を剥く。アドニスは申し訳なさそうにもう一度謝った。
「すまない。話があって、お前が戻ってくるのを待っていた」
「はっ、話!?」
がつんと言ってやる前に、どすんと直球ストレートを投げ込まれた。見事に先制されて、晃牙の声が上擦る。
アドニスの話といったら、あれしかない。
(あ、え、いや、ま、待て……!)
そんな心の準備はできていなかった晃牙は、見事に混乱した。
完全に挙動不審な晃牙に、アドニスはますます困惑したように眉根を寄せる。
「どうした、大神」
「な、なにがだよ! お、おおお俺様もお前に話があんだからよう、さっさと話せ!」
「そうだったのか。ならば、お前から話したらいい。俺の話は後で構わない」
気勢をそがれたこの状況では、アドニスに文句を言いづらくなっているのにもかかわらず、動揺のあまり、話があるなどと口走ってしまうと、アドニスは素直にそれを聞いて、晃牙に向き直った。
「ぅぐっ……」
あぐらをかいたアドニスに体を向けられて、晃牙は詰まる。
腕を広げる相手に、文句は言いづらい。それにまだ不確定なことについて文句を言って、その前提が違うと言われたら目もあてられない。まずは、アドニスの話を聞くべきだ。
「それが――」
「お邪魔します」
言いにくいが、聞いてしまった話を確かめようと晃牙が口を開いたとき、それを阻むかのようなタイミングでテントの外から声がかかった。
女の声。あんずの声だ。
晃牙は、びくっと体を大きく震わせた。緊張で体が固まる。
その間に、テントの入り口が開かれ、あんずが現われた。いつものジャージ姿で、その腕には何かを抱えている。
あんずはためらうことなく中に入ってきた。
「ああ、よく来た」
アドニスが優しく微笑んで、あんずを迎える。
(なっ……?)
よく来たとはどういうことだ、と晃牙は戸惑った。
「大神と俺の間がいいだろう」
そんな晃牙には気づかず、アドニスはぽんぽんとふたりの寝袋の間を、あんずに指し示す。
(俺様と、アドニスの、あいだ……?)
固まり続ける晃牙の前で、あんずが手にしていたものを広げた。
寝袋だ。
「へ? は?」
全く話が見えない。
これでは、まるで、あんずがここで寝るようではないか――と思って、まさにそういう状況だと理解した。
「なっ、なっ、なっ……!?」
なぜ、あんずがこのテントで寝るのか。アドニスがあんずのテントに忍んでいくのではないのか。それとも、晃牙がいても気にしない、オープンなお付き合いをしているということなのか。
(い、いやいやいやいや! ねーだろ!)
ふたりが仲良く一緒に寝る横で寝るなんて冗談じゃない。というか、無理だ。それこそ寝られるはずがない。それなら、空になったあんずのテントに行かせてもらう。
そもそも、アドニスは、他の男も同じ屋根の下で、惚れた女を寝かせられるというのか。その心理は理解しがたい。
晃牙は大いに戸惑ってアドニスを見る。
文化の違いなのか、度量が大きいのか、よくわからなかった。
凝視する晃牙の視線に気づいて、アドニスが振り返った。
「ああ、すまない。朔間先輩が一緒だから大丈夫とは思うが、羽風先輩があんずのテントに行きかねないからな。俺たちのテントに呼んだ」
晃牙の視線への答えだと言わんばかりに、アドニスが言う。
しかし、晃牙にとっては思いがけない説明だった。
「は? かぜ……先輩??」
思いもよからない名前に、ぽかんと口が開いてしまう。
二時間前の出来事がフラッシュバックした。
つまり、あの会話の全容は、「(羽風先輩の夜這いが心配だから)いっしょ(のテント)に寝よう」「うん」ということか――。
「ふっ、ふっ、ふざけんな! 言葉が足りね~にもほどがあるだろ!!」
全てが腑に落ちる説明だったが、晃牙は思わずそう怒鳴っていた。
この二時間の悶々は何だったのか。全く不要だったではないか。
そういう話ならわかる。
薫は危険だし、あんずもまだ薫に怯えているところがあるし、アドニスが「小さいもの」を守るために、真摯に先の提案をしたのだということもわかる。
ふたりが付き合っていて、夜をいっしょに過ごそうとしているという、聞いたまんまの状況と比べものにならないほどすんなりわかる。
だから、それならば、二時間前、その省略した部分もきちんと言葉にしてほしかった。
「え?」
「?」
しかし、晃牙の叫びに、会話を聞かれていたことを知らないふたりは、ともに戸惑ったような顔をした。
「っ……!」
ここで盗み聞き――というより、先にあの場にいたのは晃牙だったから、アドニスたちがやってきてべらべら話していったのを聞かされた、というのが正確だと晃牙は主張したい――をしたことを告げるのは気まずい。そこから二時間という長い間、悶々としていたことを話さないと、この怒りは伝わらないだろう。そうなると、何に悶々としていたのか話さなくてはならない。晃牙が、アドニスとあんずがいかがわしい計画をしていると想像していたと話すのだ。それは、晃牙の方が不埒な考えの持ち主のようではないか。悪いのは口下手なアドニスと、そんな言葉足らずに慣れていて、アドニスが省略したところも察してしまうあんずの方なのに。
「大神、すまなかった。また俺の言葉が不十分だったのだな」
「ぐっ……」
よくわからないのに、済まなそうに謝ってくるアドニスに、アドニスたちに全ての罪をなすりつけていた晃牙の良心がちくりと刺激される。
(う、ぐぅ……)
百歩譲って、アドニスとあんずにそのことを話すのはかまわない。ふたりは非を認めて謝るだろう。晃牙の誤解ももっともだと思ってくれるはずだ。
だがしかし、だ。だがしかし、もし、そんないかがわしい妄想をしていたなんて、何かの拍子に葵兄弟あたりにばれたら、それをネタにずっとからかわれ続けるに違いない。それはうるさいし、面倒だ。双子など取るに足らないが、あのふたりには零にチクるという奥の手がある。零が出てきたら敵わない。それに零に知られるのは避けたい。
やはりこの件に関しては黙っているのが正解だ。
しかし、二時間損した。
これというのも、薫の悪癖のせいだ。
(あのヤロ~、あした徹底的に扱いてやるっ。今日だって、せっかく合宿に来たのに、結局紫之とのほほんと飯作ってただけじやねえか。吸血鬼ヤローは吸血鬼ヤローで日陰で涼んでるだけだしよう。全然ユニット練習できてねーし、あのクソ先輩ども!)
全ての元凶の薫に思いを馳せたら、次から次へとイライラすることが浮かんできて、晃牙はむしゃくしゃしてきた。
「ごめん。大神くん、やっぱり嫌だよね」
晃牙の今にも噛みつきそうなほど不機嫌な様子に、あんずがおずおずと広げた寝袋を引き寄せる。
「あぁ?」
あんずに全く気を配っていなかった晃牙は、反応も遅く顔を上げ、それでようやく、あんずが申し訳なさそうな顔をしていることに気づいた。
「まだ大神に話せていなかったんだ、すまない。大神を驚かせてしまった」
アドニスもまた申し訳なさそうな顔を、晃牙とあんず双方に向ける。
「大神が嫌ならば、俺がお前のテントに行こうか」
晃牙がきょとんとしている間に、アドニスはどこまでも真面目に、晃牙に気を遣って、あんずと世間に気を遣っていない提案をした。
晃牙はぎょっとする。
あんずもずれたところがあるから、「男とふたりきりで一夜を過ごす」といった特殊極まりない状況でも、なんとも思わず、ごくふつうに「ありがとう」と感謝しかねない。
このままでは、妄想したことが現実になってしまう。晃牙は慌てて口を挟んだ。
「お、おいっ、誰も嫌だなんて言ってねーだろーが! 別に嫌とかじゃねーし! 羽風のヤローは確かに危ねえしよう。そういうことなら、俺様のテントに泊めてやんよ!」
教師たちや零、それに『Ra*bits』もいる中で、薫が馬鹿な真似をするとは思わないが、しかし、羽風薫だ。注意するに越したことはない。
「いいんだな? ありがとう、大神」
「よかった。ありがとう、大神くん」
「おうよ。懐の深い俺様に感謝しな!」
晃牙が偉そうに許すと、アドニスもあんずもほっとしたように顔を輝かせた。ふたりに口々に礼を言われて、悪い気はしない。晃牙は大きく胸を反らせた。
「大神も許してくれた。あんず、安心して寝るといい」
「うん。お邪魔します」
もう一度、ぽんぽんと床を示すアドニスに頷いて、あんずは再び寝袋を広げ始める。
(っ!)
そのとき、あんずからふんわりとシャンプーの匂いが漂った。
清潔で、ほんのり甘い、いい匂い。
晃牙は目を剥く。
(こ、こいつ、風呂入ってやがる! いや、入るだろうけどよ! シャ、シャンプーの匂いとか――風呂入ったばっかなのか!?)
「ふだん」では嗅ぐことのない匂いに、わけもわからず頬が熱くなる。あんずの風呂上りなんて――と想像しそうになって、晃牙は焦った。
(ばっ、馬鹿っ。なに考えて――って、ち、近くねーか!?)
妙な想像を物理的に頭を振って振り払う最中、並んだ三つの寝袋の距離感に気づき、晃牙はますます焦った。
テントはふたりで使うには余裕があったが、三人分の寝袋が並ぶと隙間がなくなった。もし、あんずの寝相が悪くて、ごろりと転がってきたら、晃牙に簡単にぶつかる距離だ。
(っ……!)
想像したら、どきんと心臓が大きく跳ねた。そのまま、心臓は、ドキドキと信じられないほど速く鼓動し始める。
「じゃあ、寝るか」
「うん」
そんな晃牙の傍らで、全くいつも通りのアドニスとあんずは、この状況について、ひとつも気になることはないらしく、いそいそと寝袋を開けにかかっている。
(お、おいおいおいおい! このまま寝るってのかよ!)
それはやっぱりなんだかマズイように思えてきた。それを、この激しい動悸は伝えているのだ。狼の本能が告げている。
ひとつ屋根の下、狭いテントの中で、年頃の男女が雑魚寝はないだろう。せめてしきりを荷物で作るとか、あんずを間に挟むのではなく、奥に寝かせるとか――と考えて、晃牙はいいアイディアだと閃いた。
あんずが横になって、アドニスと晃牙が縦に寝る。そうすれば接触もそれほど気にしなくて済むのではないか。
(いや、それだと、どっちが頭側で寝るかが問題だよな)
神社の鳥居のような形をとって寝ることになるので、頭と頭が近い者と、あんずの足の下で寝る者とになる。頭側の者は、川の字スタイルのときよりも、顔が近い。
(だあぁあ! 駄目だっ!)
ならば、鳥居スタイルで、あんずと自分たちの間に荷物を置いて堤防を築くのが最も安全か――と思ったが、それだと、縦の長さが足りない。
残念ながら、アドニスも晃牙も長身だ。テントから足が出ることになってしまうし、そうなったら、完全に不審なテントだ。
(真っ当な理由はあるが、これを教師どもにばれたくねえしよう……くそっ、どうしたらいい?)
自分たちに責められるところはないが、教師に見つかったら面倒くさい状況であることは確かだから、できれば知られずに朝を迎えたい。そして、あんずとは十分な距離をとらねばならない。
それをクリアするには――とテントの中に、ぐるりと視線を巡らせたときだった。
「だっ、駄目だよ、光!」
テントの外で地味顔――『Ra*bits』の真白友也の声がした。
(チッ、うるせ~な、ひとが考え事してるってのに――)
晃牙がイラッとして噛みつきそうな顔を上げたのと、テントの入り口がばさりと開かれて、まるで晴れた空のような笑顔の光が現れたのとは同時だった。
(んあ!?)
意表を突かれて晃牙は目を剥くも、光は晃牙たちには目もくれず、あんずを見て、笑顔をさらに爆発させた。
「あっ、ね~ちゃんいたんだぜ!」
そして、ウサギよろしくぴょーんと飛び込んでくる。
「わっ!」
「あんず!」
光がまっすぐにあんずに飛びついて、あんずが後方に倒れそうになったところをアドニスが受け止める。
「大丈夫か?」
「う、うん、ありがとう」
「それならよかった。天満、あんずに飛びつくのは危険だ。あんずは弱い。お前のことを受け止めきれない。下手をしたら怪我をしてしまうぞ」
あんずの無事を確かめてから、アドニスは光に注意した。
確かにそれも重要だが、それ以上に、どうしてここに光が現れたのかを質す方が先だろうと、晃牙は身を乗り出す。
「お――」
「あ、あああんずさん! 乙狩先輩! 大神先輩! すみません! すみません!」
しかし、晃牙の声は、入り口から顔を覗かせた友也の悲鳴混じりの謝罪にかき消された。
見れば、地味な顔が青ざめ、ひどく悲愴な顔になっている。
「光くん、駄目ですよ!」
友也の隣から、紫之創も顔を覗かせ、おろおろと光を諌めた。
ふたりは、光のように何も考えず先輩のテントに入ってくることはできないようで、入り口に留まったままだ。
「ご、ごめんなさいなんだぜ、アドちゃん先輩、ね~ちゃん」
光も、アドニスに注意されたことがきいたのか、しゅんとして、しおらしく謝る。
「ね~ちゃんのテントに遊びに行ったらいないから、心配になって探しちゃったんだぜ。ね~ちゃん見つけて嬉しくなっちゃったんだぜ」
「光くん……」
まだあんずに抱きついたまま、顔を上げて笑う光に、あんずはきゅんと心を動かされたように、ぎゅっと光を抱きしめ返した。
「探させちゃってごめんね」
「いいんだぜ!」
周りの戸惑いや苛々やはらはら、おろおろなどお構いなしに、まるで無事の再会を喜ぶ姉弟のように、光とあんずは感動的に抱擁し合う。
(ぐぁあ! だぜたぜうるせーし! くっつきすぎじゃねーか!? じゃりんこだからってよう!)
その一見微笑ましいような光景に、晃牙が噛みつきそうな顔でいると、それに気づいて、友也がひっと息を飲んだ。
「み、光! あんずさんいたからいいだろ! もう行こう! 先輩たちの邪魔だって!」
「えー! ね~ちゃんと遊ぶために探してたんだぜ。行くなら、ね~ちゃんも一緒に行くんだぜ」
友也の手招きに、光は逆にあんずにしがみついた。
「み、光!」
それに友也が絶望的な顔をする。絶望には慣れているが、今夜の相手は変態仮面ではなく孤高の一匹狼だ。意外と優しい気配も感じているが、暴れられたら、友也たち三人でかかっても止められないだろう。そうなったら、アドニスだけが頼りだ。友也は神様を見るようにアドニスを見た。
「?」
もちろん、アドニスに友也の想いが通じるわけもなく、友也の期待のこもった目を、アドニスはきょとんと見返すだけだった。
「あ、そ、そうだ。それなら、先輩をぼくたちのテントにお招きするのはどうですか。ここだと先輩たちの迷惑になりますし、に~ちゃんも歓迎してくれると思います」
友也と同様、晃牙たちのテントで騒いでいることに気が引けている創が建設的な考えを捻り出した。ここから離れ、あんずと遊べる一石二鳥の提案だ。
「あっ、それいい! ね~ちゃん、一緒に行くんだぜ!」
創の適打に、光は跳びはねて賛同し、あんずの腕を引く。
「あ、えーっと……」
あんずは、返事に困ってためらった。
光たちのテントに遊びに行ったらここに戻りにくい。光たちのテントから戻るとき送ってくれるだろうから、自分のテントに戻ることになるだろうし、時間も遅くなるだろうから、たとえ戻れるチャンスがあったとしても、晃牙たちのテントに入りづらい。かといって、下手な説明では、光は引き下がらないように思った。そうしたら、晃牙が煩がるだろうし、やっぱりお邪魔させてもらっている身で迷惑をかけてしまう。
「ね~ちゃん、いこ~ぜ!」
「わっ」
この場でのベストアンサーは――と考えに耽るあんずの腕を、光が強く引いて、あんずを立ち上がらせようとした。
突然のことだったので、なすすべもなくあんずの体は光の方へと傾きかける。しかし、そのとき、逆方向へさらに強く力がかかって、あんずは後方へ倒れた。
「?」
「アドちゃん先輩?」
とんと頭がぶつかったのは、硬いものだった。振り返って、それがアドニスの胸だとわかる。だが、わかったところで、ますます戸惑った。どうして、こうなっているのかわからない。
まだあんずの後ろにいて、抱きついてくる光の勢いに、あんずが倒れないように支えていたアドニスが、あんずの腰に腕を回して、引き止めたのだ。
光も思わぬ人の抵抗にきょとんとして、あんずの腕を放す。
「す、すまない」
あんずと光の不思議そうな視線に、アドニスはそのときはじめて自分の行為に気づいたように、ぱっと腕を放した。
(アドニスやるじゃね~か!)
戸惑っている当人たちの傍らで、晃牙は満足そうに鼻を鳴らしていた。
今日は自分たちが先にあんずと共に過ごすことを約束したのだ。それをあとからやってきてかっさらうなんて図々しいにもほどがある。ここは、どちらが上か、ちゃんとわからせてやらなくてはならないだろう。
「おいっ」
「わっ」
晃牙は、フリーになったあんずの腕を引き、自分たちの後方へと引き寄せた。
「おい、じゃりんこども! こいつはアドニスと俺様と寝る約束してんだよ! お前たちの出る幕はねぇからさっさと戻りな!」
そして、一年生たちの前に出て啖呵を切る。
この大神晃牙様のテントに殴り込んできたことを後悔しやがれ、所詮ウサギは狼に喰われる運命なんだよ! ――と心の中でふんぞりかえったところで、テントの中がやけに静寂に包まれていることに気づいた。
「ん――?」
子ウサギたちが泣いてごめんなさいと言うところのはずだ。違和感を覚え、テントの中を見回そうとして、微笑むアドニスと目が合った。
「大神、それは内緒のやつだ」
と、アドニスが言った二秒後、
「えぇぇええぇ!!!」
テントの中に、今日いちばんの悲鳴が響き渡った。
(!?!?)
あまりの声量に、晃牙は目を白黒させて、耳を塞ぐ。
地味で取り立てたところもないと思っていたが、この友也の声量は並ではない。
(こいつ、演劇部って言ってやがったか……!)
零と同格の奇人のひとり、日比樹渉に毎日鍛えられている成果ということだろう。
「うわあああぁあ! あっ、は、創! 聞いちゃ駄目だ!」
体の中を駆け巡る言語にならない衝動を表すかのような悲鳴の末、友也ははっとして、隣の創に手を伸ばした。
「わっぷ、友也くん、そこは目ですよ!?」
だが、聞くな、と言っているのに、友也は創の目を塞いでいる。だいぶ混乱しているようだ。
「こ、こんなただれた話、創には聞かせられない! 俺はどんなに汚れたっていい。けど、こいつらは駄目なんだ! 光! 行くぞ! お前は自分で耳を塞げ!」
「と、友也くん?」
「友ちん?」
創に指摘されてもなお、創の目を覆いながら、友也は悲痛な独り言をつぶやいている。そんな友也を、創と光が心配そうに窺った。
「おい、地味顔! ただれたってなんだ! お、おめ~なんか勘違いしてねえか!」
「ただれた」などという、ひどくいかがわしい響きに焦って、晃牙は友也に向かって唸る。そんな風に言われる覚えは全くない。完全に誤解だ。
「ひっ、お、大神先輩はもう話さないでください! 怖く見えるけど、面倒見のいい優しいひとなんじゃって思った俺が馬鹿でした!」
「だから勘違いだっつってんだろ! 人の話を聞きやがれ! あとその無駄にでかい声もやめろ! 教師どもが起きてくるだろ!」
「と、友也くん、落ち着いて! お、大神先輩も声が大きいですう!」
晃牙も友也と同じだけぎゃんぎゃん騒ぎ出し、創が困ったようにふたりをなだめようとするが、創のやさしい声はふたりにかき消されるばかりだった。
「友ちゃんがおかしくなっちゃった! でも、ア、アドちゃん先輩、ね~ちゃんと一緒に寝るの? 羨ましいんだぜ! 俺もいっしょに寝たいんだぜ!」
「わっ」
その一方で、光がまたあんずに飛びついて、離れないというようにぎゅっと抱きしめた。
「天満、あんずが困っている。放してやれ」
「いやなんだぜ~!」
光を引きはがそうと、アドニスが手をかけるが、光はあんずにしがみついて離れない。それを見て、友也と口論していた晃牙が目を剥いた。
「じゃりんこ! お前はあんずにべたべた触りすぎなんだよ!」
「み、光に手を出すな! 何かしたら許さないぞ!」
変態仮面との攻防を思い出してスイッチが入ってしまったのか、すっかり理性を失っている友也が、臆することなく、光と晃牙の間に割って入り、晃牙につかみかかる。
「だあぁ、お前は落ち着け!」
テントの中の阿鼻叫喚が最高潮に達した、そのとき、
「なにを騒いでいるんです!」
と、もうこうなっては当然というか、椚が現われて盛大な雷を落とした。
ひっちゃかめっちゃかになっていたテントの中は、水を打ったように静まり返る。そして、全員が椚に向かって、ごめんなさい、と謝った。
結局、その騒ぎに、零たちを含めて全員がテントから出てきて、あんずが一部始終を説明した。
「えっ、俺ってそんなに危険人物?」
話を聞き終えると、全ての原因である薫が心外そうに言うが、『UNDEAD』の二年生からは冷たい視線を受けるばかりで、あんずはアドニスの背中に隠れた。『Ra*bits』の一年生たちは、よくわかっていなさそうにきょとんとしている。
「薫ちん、日ごろの行いだなー!」
その隣で、『Ra*bits』のリーダー、仁兎なずながけらけらとおかしそうに笑っていた。
「そういうことなら、大丈夫じゃよ、嬢ちゃん。薫くんがどこにも行けないよう、我輩が、今晩かけて凛月のかわいらしさを話してやるぞい」
陽が落ちて元気になった零は、任せろというように胸を叩くと、薫の腕を掴んで引きずるように、自分たちのテントに連れていった。
「いや、朔間さん、寝かせて? ていうか寝よう? 男のかわいさなんて全然興味ないんだけど! 明日も練習するんでしょ? 寝ないと熱中症になっちゃうよ! 放して! 痛い、痛いよ! あいかわらず馬鹿力だね! うわあぁ!」
しまいには、薫の悲鳴が聞こえたが、それはただ静かに見送られた。
「じゃ、俺たちも寝ます! ほら、行くぞ! おやすみなさい」
ふたりが消えると、なずながそう言ってメンバーを促し、『Ra*bits』もテントに戻っていく。
「さて」
残ったのは、教師ふたりと二年生の三人だ。
「事情は分かりましたが、乙狩くんたちと同じテントには寝かせられません。あなたは自分のテントに戻りなさい」
椚は、あんずに向き直ると、至極真っ当な指導をした。
晃牙は小さく息を吐く。
教師にばれたらこういう結果になるのは当然で、納得もできるが、なんだかひどい損をしたような、残念な気持ちが湧いていた。
「はい」
ちらりとあんずを見ると、あんずは頷きながらも、しょんぼりと寝袋を抱えている。
その姿は、晃牙と同じく残念に思っているように見えて、そのことに、晃牙はなぜか嬉しくなった。
「大丈夫ですよ。朔間くんもああ言っていましたし、それに、佐賀美先生と私が交代で、テントの入り口を見張るようにするので」
椚は、あんずの肩を落とした様を不安ととったのか、あんずを安心させるように言う。
「は?」
椚の隣で大あくびをしていた佐賀美は、寝耳に水だったらしく、中途半端にあくびを止めて、椚を見た。
「俺、無理。嫌だ」
駄目な大人の見本だ。『Ra*bits』の子どもたちがいなくてよかったと、晃牙ですら思う。
「子どもですか。もともと見回りはする予定だったでしょう。きちんと務めを果たしてください」
「むーりー。飲んでいい気分なんだよ~」
「勤務中に飲酒しないでください! ほら、しゃんとする!」
「オニーアクマー」
「ほら、行きますよ」
椚は佐賀美の背を強く叩いてから押して歩き出し、あんずについてくるように声をかけた。
「騒ぎになっちゃってごめんね、おやすみなさい」
あんずはアドニスと晃牙に申し訳なさそうに言ってから、教師たちを追いかけていく。
「はぁーあ」
それを見送って、晃牙は、今度は遠慮なくため息をついた。
夕方の悶々からのこの大騒動に、どっと疲れた。結局ばたばたしただけだ。
「俺たちも戻ろう」
「おう。あ……」
テントに戻ろうとするアドニスに頷きかけて、視線の先で、あんずがテントに入る寸前に、晃牙たちに向けて小さく手を振るのを見た。
(っ…………)
それが特別かわいらしく見えて、晃牙はどきりと胸を震わせる。
「少し、残念だな」
「えっ!?」
まるで心の中を覗いたかのようなアドニスの呟きにぎょっとして、晃牙はアドニスを振り返る。
歩き出していたと思っていたが、アドニスは足を止め、明かりのついたあんずのテントを見つめていた。
「三人で過ごせたら楽しかっただろう」
アドニスはそう言って、残念そうな顔を晃牙に向ける。
さきほどのは、ただのアドニス自身の素直な感想だったらしい。
(焦ったじゃね~か)
どきどきさせられて癪だったので、晃牙も同じ気持ちだったが、それを正直に伝えるのはやめた。
「今度三人で遊びに行こうぜ」
代わりにそう言う。
誰にも邪魔されないよう、三人で出かけるのだ。今日のこの不可解なほど残念な気持ちを解消するには、それしかないと思った。
アドニスは驚いたように目を見張り、それから笑う。
「ああ、そうだな。楽しみだ」
「おうよ」
アドニスの同意を得て、晃牙も笑い返した。
――三人で出かけるならどこがいいだろう。
早速そんなことを考えながら、晃牙はアドニスとテントに戻っていった。
おわり
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サマーキャンプの夜(晃あん) |
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