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走って、走って

 息が上がる。
 足がもつれそうだ。
 でも、走って。
 足よ動け。
 走らないと追いつけない。
 どんなに走っても追いつかない。
 それでも。
「つかまえ、た!」
 突然後ろから二の腕を強く引かれて、花はバランスを崩しかけた。
 その体を支えてくれたのは、引っ張った当の本人、孔明だった。
「師匠? どうしたんですか?」
 花は驚いて、問う。
 孔明の額には汗が浮かび、息は切れていた。
 あまりにも珍しい光景だ。
「うん。君に会いたくて」
 孔明はにっこりと笑って、花の腕を離した。
 花は書簡を抱え直して、孔明に向き直る。
「今、師匠の部屋に行くところでしたよ?」
「うん、そうだね」
 孔明は頷いた。
 花はその静かな様子を見つめ、考える。
 孔明が走ってきたのは、部屋とは逆方向だ。花が部屋に行っても、孔明は不在だっただろう。
「師匠が会いたいと思ってくれるなら、いつでも会えますよ」
 花は言う。
「私はいつでも師匠に会いたいですから」
 追いついたのだろうか。
 捕まえられたのだろうか。
「うん」
 孔明は花の手を握り締めて頷いた。

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