Entry

指輪

「君と約束するにはどうしたらいいかな」
「……指輪、ですかね」
 ぎゅっと凝縮すると、そんなような会話があって、今、花の左手の薬指には指輪がはまっている。
 シンプルなリングに、碧い石が一つついた、ささやかなものだ。
 花は、自分の薬指に指輪がはめられていることが不思議で、時間があればそれを眺めてしまう。
 結婚など、もっとずっと先のことだと思っていた。
「言葉で言ってもらえたらいいですよ」
 先般の質問に、花は初めはそう答えたのだ。
 しかし、孔明は納得していない風で、
「言葉はボクと君にしか見えないだろう? もしかしたら、君とボクの間でも、見えているものは違うかもしれない。周りにも知らしめることができて、かつ、君とボクにも見える方法がいいんだ。君はボクの奥さんなんだって分かるのがいい」
 と言った。
 だから、花は結婚指輪のことを思い出して、それを教えたのだ。
 そして、孔明がこの指輪をくれた。
 花が指輪を不思議に思うのは、実感がわかないからだろう。今まで指輪を欲しいと思ったことはないし、こういう意味で指輪を贈られるなど夢にも思っていなかった。
 だから、不思議で、見てしまう。
 ただ、指輪を見ていると、とても幸せな気持ちになった。
 慣れない重みは、そこにある約束を知らせてくれる。
 花は、そっと薬指をおさえた。知らず、頬が緩む。
 そのとき、廊下の先に、同じ指輪を同じ指にはめている人を見つけた。
 まだ見慣れない違和感のある様だ。
 花が一人で指輪をつけていたところで、その習慣のないこの世界ではあまり意味がないし、それに指輪の交換なんでしょう、と花につけさせたのだ。
 孔明に指輪はあまり似合わない。その異様さに、その話は瞬く間に城内に伝わって、同じ指輪をつけている花のことももちろん広まった。
 そのときは、たくさんの人に注目され、質問されて、とても恥ずかしかったが、一通り話が伝わると、周りも静かになった。もちろん、城内で知らない者はいない。孔明の目論見は達成されたのだ。
「師匠!」
 花は走っていって、後ろからその腕を取る。 
「おっと……君か」
 孔明は読んでいた書物をおろして、表情を緩めた。
「今、終わりですか?」
「うん」
「一緒に行ってもいいですか?」
「うん、もちろん」
 頷く孔明の薬指には、石のついた指輪。
 花はそれをちらと見て、小さく笑った。

Pagination