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夢の中の君

 長椅子の上に体を伸ばして、孔明が寝ている。
 このままでは風邪を引いてしまうだろうと思い、花は毛布をかけた。
 そして、再び自分の椅子に戻ろうとしたところで、手を掴まれる。
「花」
「師匠、寝てなかったんですか?」
「ううん。寝てたよ」
 ぱっちりと開いた孔明の目は、全く眠気がない。
 狸寝入りだったのかと少し憤慨すると、孔明は心外そうに首を振った。
「ねえ、花。好きだよ」
 唐突な告白に、花の思考回路は停止する。
 孔明は、まっすぐに花を見つめていた。
 混乱する。
「ど、どうしたんですか、師匠」
「師匠じゃないでしょ」
 孔明の両の腕が伸びて、肩にかかった。まるでぶらさがるような姿勢で、強請るように見つめられる。
「こ、孔明さん……?」
「うん、よくできました」
 孔明は嬉しそうに笑うと、腕に力を込めて、花を長椅子の上にひきずりこんだ。
「こ、孔明さん!」
 慌てる花をよそに、孔明はがっちりと花を抱きしめて、その首筋に顔を埋める。花は固まった。孔明の髪が喉元をくすぐる。首に息がかかる。唇が触れる。
「花、すき……」
 孔明はまるで子供のような声でそう呟いた。
 どきどきと花の鼓動が速まる。いつにない甘い囁きと熱い抱擁が嬉しくないわけがない。孔明の手に任せてしまおうと、花の体から力が抜けかかる。
 けれど、視界の端に戸を捉えて、花は一気に我に返った。戸には鍵がかかっていない。人が入ってきたら大変だ。
 「孔明さん、離して、ください」
 花は孔明の拘束を解こうと身をよじるが、孔明の腕はしっかりと体に絡みついて逃げられなかった。
「? 孔明さん……?」
 しかし、そのとき、花の耳は、すーすーという安らかな寝息を拾った。
 見れば、孔明は再び目を閉じている。そして、完全に寝ている。
 その意外と幼い寝顔に、花はため息をついた。

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