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混乱

 戻りたい、と言う不安げな、頼りない声。
 これはどういうことだろう。
 頭は混乱しているのに、それでも、彼女に必要なものに導くために口は勝手に動く。
 彼女の姿はあのときのままだ。いや、少し幼くも見える。不安がそのまま顔に表れている。素直なのだ。
 10年前と変わらず。
 いや、と、何の証も得ていないのに、目の前の少女が「彼女」であると考える己に首を振る。
 彼女は「彼女」なのだろうか。
 それは分からない。けれど、分かってしまう。
 この少女は、「彼女」だ。

 花。

 ボクは君と出会って、君はボクと出会って。

「師匠」
 と、彼女の声が聞こえる。
 その柔らかな声音に、幼いながらも軽く嫉妬を覚えたものだ。
 彼女は、自分を導いてくれたという師匠を、とても尊敬していた。
 どくん、と心臓が大きく脈打つ。
 師匠とは誰のことだ。
 まさか。
 いや。

 彼女は、今、ここに現れた。

 あのときのように、突如として。
 そして、あのときと同じように消えるのだろう。


 ああ、天よ。
 ボクが彼女の師だなんて、残酷すぎやしまいか。


 花。



 心が爆ぜてしまいそうだ。

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