遠雷
遠くで、空が轟いた。一瞬、閃く稲妻。雷だ。
花は体を強張らせた。
雷は苦手だった。
できれば遠くに行ってほしかったが、音はどんどん近づいてくる。
あちらの世界にいたときは、家族の誰かにくっついて、雷が過ぎるのを待った。でも、今は、そんなことをできる相手はいない。一人ぼっちで船に揺られている。
花は、せめてもと寝台の上で膝を抱えて、シーツを頭から被った。
「花?」
そのとき、灯が室内に差し込まれ、孔明が顔を覗かせた。
花は、はっと顔を上げる。
「し、しょう……」
びっくりした。誰かに来てほしいと願ったら来てくれた。偶然だろうが、絶妙なタイミングだった。
「どうしたの? 膝を抱えて」
孔明は中に入ってくると、灯を卓の上に置いて、花の隣に座った。寝台が軋む。
「雷、苦手?」
「…………はい……」
的確な質問に、花は素直に頷いた。
「そっか」
孔明はそう頷くと、シーツごと花の体を抱き寄せる。
「!」
花はますますびっくりした。
玄徳なら分かる。雲長や翼徳もたぶんここまでは驚かない。けれど、孔明は、触れることを好まないような気がしていた。
だから、躊躇いもせず抱きしめられて、花は大いに驚いた。
孔明は、シーツの上から花の耳を塞いでくれる。
雷の音が聞こえなくなった。その代わりに、孔明の心臓の音が聞こえてくる。
とくん、とくんと規則正しい心臓の音。
なぜか、とても落ち着いた。
「雷、やっぱり苦手なんだ」
微かに聞こえた孔明の呟きに違和感を覚えて、花は身を捩る。
「師匠?」
「ん?」
シーツの中から、孔明を見ると、孔明はいつになく優しい眼差しで応じてくれた。
その瞳に、花は一瞬見とれた。尋ねようと思ったことが消えてしまう。
「……あの……なんでもないです」
花はゆるく首を振って、再び孔明の胸に顔を押しつけた。
「うん」
孔明も小さく頷いて、それ以上は訊いてこない。
雷は遠く、響いていた。