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雨の日

 最近、雨が続いている。梅雨というわけではないらしいが、そのしとしととした降り方は、元の世界の六月を思い出させた。
 花は、ぼんやりと窓から外を眺めながら、元の世界を想う。
 みんな、元気だろうか。
「雨は嫌い?」
 突然声をかけられて、花は肩を震わせた。
「師匠……」
 いつのまに戻ってきていたのか、孔明が戸口に立っていた。
 玄徳に呼ばれて出て行ったのは、ついさっきだったように思う。それとも、雨を眺めている間に、時間が経ってしまっているのだろうか。
 花は、書簡を片づけようとして、胸に抱いたままだ。
 孔明はいつからいたのだろう。
「声をかけても気づかないくらい真剣だったけど、何を考えていたの?」
 問われて、花は返事に困る。
 元の世界のこと、と本当のことを言ったら、孔明を傷つけてしまうように思えた。だからといって、嘘を吐くのも違う。
 結局答えられず、花は黙った。
 沈黙が答え、とも言える。孔明には分かってしまうだろう。
 しかし、孔明も、花の口から聞く気は元々なかったのか、それ以上追求してこなかった。
「ボクはね、雨の日、好きなんだ」
 そう言いながら、部屋の中に入ってくる。
「そうなんですか?」
 それは意外だった。孔明は、雨など面倒臭いと嫌がると思った。
「うん。だって、君は晴れの日が似合うから」
 花の目の前に来て、孔明は笑う。
 孔明の真意が掴めず、花は眉を寄せた。
「……どういうことですか?」
 晴れの日が似合うと言う口で、雨が好きと言うのは、つまりは花が好きではない、ということだろうか。
 まったく分からない。
「君が突然ボクの前に現れた日も、突然ボクの前からいなくなった日も、とてもよく晴れていたんだ」
 そんな花に、珍しく孔明が説明をしてくれた。
「君が消えてしまう日は、きっと晴れの日だ」
 花は、ますます眉を寄せて、孔明を見つめる。
「だから、雨の日は安心できる」
 どうしてこれほど穏やかな目で、そんな悲しいことを言うのだろう。
 どんなに言葉を尽くしても、孔明の不安を取り除くことはできないのだろうか。
 花は、泣きたいような切ない気持ちになって、孔明を抱きしめた。
「師匠……私、どこにも行きません。ずっと、師匠のそばにいます」
「うん、そうだね」
 花を抱き寄せて、孔明も頷く。
 雨はしとしとと降っていた。

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