内緒話
「あ、師匠!」
廊下の先に孔明を見つけて、花は小走りで駆け寄った。
「どうしたの?」
足を止めて待っていてくれた孔明は、花の勢いに少々驚いている。
花は素早く周りを見回して、誰もいないことを確かめた。
それでも、まだ心配で、孔明の腕を引く。
「?」
孔明は驚きながらも、花のされるがままになっていた。
「 」
孔明の耳に口を寄せ、手を添えて、囁く。
用件を伝え終えると、花は孔明から離れて、小さく頭を下げた。
「お願いしますね」
花は忙しい。早く全員に伝えなければいけないのだ。
次の人のところへ行こうとしたが、腕を掴まれて引き止められた。
「師匠?」
急いでいるんですけど、という気持ちを言外に匂わせて、花は孔明を振り返る。
「花、それ、みんなにやるつもり?」
「え?」
何のことだか分からない。
すると、腕を強く引かれて、孔明に抱き込まれた。
「これ」
耳元で囁かれて、軽く唇が触れる。
花はびっくりして耳を押さえて、孔明を突き飛ばす。
「わ、私、そんなことしてません!」
ひそひそ話はしたが、触れてはいない。 内緒話の方法としては、標準的なはずだ。
「それくらい近かったってこと。もうちょっと気をつけなさい」
あまり意識していなかったが、確かに近いかもしれない。孔明にしたことと同じことを、これから回る玄徳たちにしている姿を想像すると、花は恥ずかしくなった。
孔明に言われなければ、こっそり伝えることに必死で、何も考えずにしていたに違いない。
「はい。すみません」
花は素直に謝った。
「それじゃ、師匠、お願いしますね。内緒にしててくださいね」
だが、一刻も早くみんなに伝える使命を帯びている花は、すぐにまたそのことで頭がいっぱいになってしまう。時間勝負なのだ。
忙しなく小走りで去っていく花を見送って、孔明は深くため息をついた。