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携帯電話

「あっ、ああ、ああ……」
 花の残念そうな無念そうな声に、孔明は本から顔を上げた。
「どうしたの?」
 隣に座る花の手の中には、何からできているのか分からないモノがあった。孔明にとっては見知らぬものだが、花がずっと大切そうに持ち歩いているので見慣れたものだった。
「ケータイの充電が切れちゃったんです」
「けーたいのジュウデン?」
 聞きなれない言葉に、孔明は首を傾げる。
「あ、これがケータイで、充電というのは、ケータイを動かすためにバッテリーに電気を溜めることです」
 花は手の中のピンクの物体を掲げるだけでなく、背面を分解して、中から四角いものを取り出してみせた。
「何をするものなの?」
「離れている人と話ができる機械なんです。メール……文章もやりとりできて、写真も撮れるんですよ」
「ふーん」
 どうやって離れている人と話をするのか、文章をやりとりするのか、写真というのは何なのか、と分からないことは多かったが、なかなか高機能らしいということは分かった。
「家族の写真が入っていたので、なるべく充電をもたせるようにしてたんですけど……」
 花は携帯電話を細い指でさすっている。
 その瞳は、携帯電話を通して、遠い、元の世界を見ているようだった。
 隣にいるのに、遠い。
 孔明は、たまらず花を抱きしめた。
「し、師匠!?」
「うん」
 突然の行為に、花は慌てている。
 孔明は頷いた。
「師匠?」
 今度は、少し心配そうな声で問いかけてくる。
「うん……」
 孔明はただ頷いた。
 すると、少し間を置いてから、花の手が背中に伸びる。
 その手の温かさに、孔明は目を閉じた。

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