くしゃみ3回
「はっくしょん」
と、大きなくしゃみが部屋に響く。
大丈夫かな、と、花が顔を上げたら、立て続けに2回。
「っくしょん、くしょん」
合計3回だ。
「師匠、大丈夫ですか?」
花は自分の席から立ち上がり、手巾を差し出す。
「ありがとう。なんだろ、風邪引いたかな」
孔明はそれを受け取って、鼻を拭いた。
花は、開け放している窓を見る。
「窓、閉めましょうか?」
「いや大丈夫」
孔明は首を横に振った。
その窓からは、そよと爽やかな風が入ってくる。今は夏に向かって、だんだんと暑くなっている時季だ。窓を開けていないと、むっとするくらいだった。
「私の世界では、くしゃみを3回すると、誰かに想われてるって言われているんですよ」
「そうなの?」
「はい」
くしゃみは誰かが噂話をしているサインで、回数によって意味が違うと聞いたことがある。
悪いことを言われている回数もあるから、3回で良かった、などと呑気に考えていた花は、じっと孔明が見つめていることにしばらく気づかなかった。
ふと、痛いほどの視線を感じて顔を上げると、まっすぐ向けられている孔明の瞳とぶつかる。
「な、なにか?」
孔明の物言いたげな顔に、花は嫌な予感を覚えながら尋ねた。孔明がもったいぶっているときは、たいてい花にとってあまりよくないことが起こるのだ。
「君のことだよね」
「え?」
孔明が何と言うかと警戒していた花は、意表を突かれてきょとんと聞き返した。いったい何を指しているのか分からない。
すると孔明は、さらりと続けた。
「ボクのこと好きなのって」
「あ、あの……」
花は、恥ずかしくて言葉に窮する。
「違うの?」
「あ、いえ、あの好き……っですけど、そうじゃなくて……この話は、まだ知られていない気持ちのことで、私みたいなことじゃなくて……」
孔明に鋭く突かれて、花は、首を縦に振ったり、横に振ったりと、慌てふためいた。言葉が尻すぼみになっていったのは、孔明の瞳がじっと見据え続けていたからだ。
「それでもいいの? そのどこかのだれかの気持ちに気づいたらさ、望まない結果が待っているかもしれないんだよ?」
孔明に言われて、花は目を見張る。そんなことまで考えていなかった。もし、そうなってしまったら、のんきに笑ってなどいられない。
「……よく、ないです。ごめんなさい、師匠」
「よくできました」
花が肩を落として謝ると、孔明はにっこり笑った。そして、体を伸ばして、花の唇を掠め取る。
「!!」
花はびっくりして唇を押さえるが、口から出たのは言葉ではなく、
「っくしゅん」
という小さなくしゃみがひとつ。
「くしゅん、くしゅん」
続いて2回。
合計3回は、惚れられくしゃみだ。
しん、と一瞬、部屋が静まり返る。
「それは絶対にボクだから」
孔明は子供のように主張した。
「……はい」
花は、孔明の手巾を受け取りながら頷く。
初夏の気配をはらんだ風が、窓からそよと吹き込んだ。