Trick or Treat !
「お菓子の代わりにイタズラ?」
今日はハロウィーンなんですと、雲長に無理を言って作ってもらったパンプキンパイを差し出す花に、孔明が聞き返す。
しかし、孔明はその指を書物に挟んだままだ。仕事は終わっているが、調べ物をしていたのだろう。机の上には、いくつかの書物が積まれていた。
タイミングが悪かったかなと思いながら花は答える。
「はい。子供が仮装して、近くの家をそう言って回ってお菓子をもらうんです」
「ふーん」
孔明は面白そうに目を細めて、手を本から抜いた。
しかし、パンプキンパイには手を伸ばしてくれない。
雲長が作ってくれたパンプキンパイは、パイの上にもたっぷりとクリームがのった豪華版だ。見た目はひどく甘そうな風情だが、その実、クリームはさっぱりしていて甘さ控えめだ。すでに翼徳とたっぷり味見をしていたので、花も自信を持って孔明に薦めることができる。
「じゃあ、お菓子をあげなかったら、イタズラしてくれるんだ」
「え?」
「どんなイタズラしてくれるの?」
「私はしませんよ? それにお菓子をあげているのは私ですよ?」
孔明の発言を理解できず、花は首を傾げた。どうしてお菓子よりイタズラを選ぶのだろう。雲長の作ったパンプキンパイは絶品だというのに。
花がのんきにそんなことを思っている傍らで、孔明はにっこりと笑っていた。
「じゃあ、ボクがしていいんだ」
「えっ?」
あっと思う間もなく、孔明に引き寄せられて、その膝の上に座らされてしまう。パンプキンパイの皿はいつのまにか孔明の手の中だ。それを机の上に置いて、孔明はさらに花を抱き寄せる。そして、その細い首に唇を寄せた。
「っ!?」
柔らかな唇の感触に、ぞくりと体が震える。
「し、師匠……!」
花は身を硬くして抗議の声を上げた。孔明の思惑をようやく知ったが、後の祭りだ。
孔明はもちろんそれを無視して、花の首の裏に手を回し、もう一方の手を花の膝に置いた。その手は、膝から腿をゆっくりと撫でていく。
ぞくぞくと体が震えた。腰が疼く。
「や……、し、しょ……」
花が身をよじって腕の中から逃れようとすると、孔明は花の首をぺろりと舐めてから体を起こした。
その目はひどく熱っぽい。
どきりと心臓が跳ねた。
孔明はまっすぐに花を見つめている。
血液が沸騰して、逆流した。
訳が分からない。
孔明の濡れた視線も、体をまさぐる手も、思考を蕩かしてしまう。
息が上がる。
「し……」
そのとき、花の目が、パンプキンパイをとらえた。
その瞬間、ハロウィーンを思い出す。
お菓子。
イタズラ。
孔明の顔が迫っている。
「お、おおお菓子あげます!」
花は夢中で、近づいてくる孔明の顔の前にずいとパンプキンパイを差し出した。が、勢いあまって、パンプキンパイは孔明の顔に激突してしまう。
「あ……!」
パンプキンパイには、クリームがたっぷりのっていたはずで。
花は恐る恐る皿を引いた。
「はーなー」
孔明の顔は見事にクリームまみれになっていた。
「ご、ごめんなさい! 師匠!!」
花は慌てて手巾を取り出し、孔明の顔を拭こうとする。しかし、その手を孔明が掴んだ。
「師匠?」
「これは花に綺麗にしてもらう」
「はい。あの、今、拭きますから」
「そんなことしたらもったいないだろう? 雲長殿に申し訳ないよ」
孔明は真っ白な顔のまま、妙に格好つけて頭を振った。
その姿は少し滑稽だ。そう思ったが、もちろん口にはできない。口にはできないが、やはりおかしい。花はこっそりと笑いを堪えた。
「だから、花が舐めて」
そんな花に、孔明はそう言った。
「はい?」
孔明の言葉はしばしば理解できない。
花はきょとんとして聞き返した。
今、孔明は何と言ったのだろう。
「はい」
しかし、花の様子に構わず、孔明は顔を突き出した。
顔にはたっぷりのクリーム、それを花が綺麗にしなくてはいけなくて、孔明は舐めてと言っている。
「! な、ななな何言ってるんですか! で、できません! そんなこと!!」
ようやく言葉がつながった花は、慌てふためいて首を振った。
「何事もできるできないじゃなくて、やるかやらないかだよ、花」
まるで師匠の口ぶりで、花を諭すように孔明は言う。
「師匠ぉ」
「だーめ」
花は泣いて許しを請うたが、孔明はきっぱりと首を横に振った。
心から本気らしい。
エイプリルフールに続いての惨事に、もうあちらの行事はすまいと花は固く心に決めたのだった。