孤独
ボクが心の中で思っていることを全て話したら、おそらく、ほとんど誰も真剣にとりあってはくれないだろう。
理解ができない人が大半で、そうでない人は笑うはずだ。そして、ほんのわずかな数えられる人は、聞いてくれる。
それくらい、おかしなことを考えているのだ。
理解できないのは、知らないから。それを見たことがないから、思い描けない。夢を見ることもできない。
笑うのは、それを知ってはいるけれど、信じていないから。信じられないのは、やはり見たことがないからだろう。
けれど、ボクは知っている。
見ている。触れている。
「戦のない世界」がもたらすものを知っているから、その世界を思い描くことができる。
きっと、その世界は、彼女のようにあたたかいだろう。
「ふくりゅう、先生?」
身なりは簡素だが、常人ではない風格を備え、それ以上に世の中を見渡してもこの人以上に爽やかな人はいないといった好青年に道を問われた女は大いに首を捻る。
青年は、伏龍先生の庵へ行くにはこの道でいいのかと、山からおりてきた女に聞いたのだ。
「あ、もしかして、山ん中の孔明とかっていう人のことか?」
女の連れの男が、こちらも首を傾げながらも、青年に確かめる。青年のように立派な者が訪ねていく相手には思えなかったのだ。
「え、あの!?」
女は、まさかそんなことはないだろうと言わんばかりに驚いている。背負っている山菜がたくさん詰まった籠が揺れたくらいだ。
二人の反応はなかなかよくない。
それを見て、青年は、連れの男二人と視線を交わしあった。
「あんたみたいな立派な人が、あんな変人を訪ねることはないよ」
「ああ、そうだ。明るいときは家ん中にこもって、夜になったら山からおりてきて、村や街を物色してるらしい」
「人が住んでる気配はあるのに、いつ行っても姿はない。若い男らしいって話もあるけど、人嫌いの偏屈爺だよ、きっと」
「行っても仕方ない。わるいことは言わない、やめときな」
二人の熱心なすすめに、青年は困惑している。
そんな彼らの頭上で、なるほど、と孔明は納得した。
これが、「伏龍」の名声にもかかわらず、客が少ない理由だろう。
村の者にあれほど気味悪がられている者を登用しようなどとは思うまい。
だが、それでも彼は来るのだろう。
孔明は青年を見つめた。
さわやかな風貌の中で、その瞳は意志が強そうな光を宿している。
どんな変わりものでも、使える者ならば招きたいはずだ。
玄徳軍は、人手不足だから。
彼女に出会えないまま、ここまで来てしまった。
劉玄徳は、庵を訪ねるために、男女に礼を言って、山道を登り出している。
誰もいないけどね、と思いながら見送って、人の気配が遠ざかった頃に、孔明は木の枝から飛び降りた。
玄徳はもちろん、関雲長、張翼徳相手に気配を消し続けるのは疲れるものだ。
凝ってしまった肩を回しながら、孔明は街道へ出る。
彼女と再会することなく、時はここまで来てしまった。
玄徳の招請を受けたら、隠者の生活も終わる。
今、玄徳には確かに孔明が必要だ。
しかし――。
この世界から戦をなくすのは、自分の役目だったのだろうか。
それならば、彼女は何のために来たのだろう。
この道を行けば、彼女と会えると思っていた。
ボクは、このままひとりで、戦のない世界を夢見るのだろうか。