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 掛け布を飛ばす勢いで、起き上がる。
 真っ暗だった。蒸し暑い。夏の空気は重く、まとわりつくようだ。息苦しい。
 体中から汗がふきでていた。
 荒く息を継ぎ、顔を手で覆う。
 怖い。
 震える体を、どうすることもできない。
 この夢を見るのはどのくらい振りだろう。以前は、寝る度に見て、飛び起きていたのに、忘れていた。
 この夢を、忘れていられたことが、信じられない。
 彼女が、いなくなる夢。
 絶対に捕まえられない夢。
 それは夢ではなく、現実に起こったことだ。
 あの日を毎夜、繰り返し見ていた。
 いつから、見なくなったのだろう。彼女が再び、目の前に現れてからだろうか。
 喉の奥で、笑いが漏れた。
 彼女がいることを受け入れていない振りをして、彼女がいると思っている。だから、夢も見なくなり、そのことすら忘れていたのだ。
 何と都合のいい頭だろう。
 結局、自分の信じたいものを信じている。
 彼女がいると思っている。
 二度目は耐えられるだろうか。
 失うくらいなら、欲しくない。
 触れたくない。
 それなのに、愛しい気持ちが逆巻いて、体を突き破ってしまいそうになる。
 花。
 名前を呼んでも、届かない。
 ここに繋ぎとめられない。

 花。

 名前を呼んで。

 ボクを置いていかないで。

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