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ナイト

「花」
 差し出された小さな手に、花は首を傾げた。
「昨日雨が降ったから、この先の道は脆くなっていると思う。だから……」
 要領を得ない花に、少し焦れたように亮は説明する。
 手を引いてくれるのだと分かって、男の子らしい振る舞いが可愛い、と花は頬が緩んだ。
「ありがとう、亮くん」
 花は亮の手に自分の手を重ねる。
 小さな手が、花の手を、驚くほど強い力で、ぎゅっと握り締めた。
「…………」
 しかし、亮はなぜか不満そうだった。難しい顔でぬかるんだ道を見つめながら歩いている。
「亮くん、どうしたの?」
 花が尋ねると、亮は、厳しい顔のまま、花を見た。
「花。ボクのそばを離れないで」
 亮のまっすぐな瞳に、花はどきりとした。
 この世界からは必ず戻らなければならない。
 亮と一緒にはいられない。
 そんな思いが頭の中を駆け巡って、花は言葉を失う。
「このさきは戦いが待ってる。花はぼーっとしているから、ボクが守ってあげる。だからボクのそばを離れちゃダメだ」
 亮が真剣に言葉を重ねてくれればくれるほど、胸が痛かった。
 ここにはいられないのだ。
 戻るために進んでいる。
 ごめんなさい、と花は心の中で謝る。
「あ……。うん、ありがとう、亮くん」
 花は胸の奥の痛みを隠して、にっこりと笑顔を亮に向けた。
「…………」
 しかし、亮はまた不満そうに黙ってしまう。
「亮くん?」
 花が呼びかけても、亮は何事かぶつぶつ呟くだけで、答えてはくれなかった。
 洛陽まであと少し。

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