茜さす(剣君:左香)
剣が君/左京さん幸魂
茜さす
赤が滲んだ焼けた空。
その空を見て、香夜は、片づけをしている間に時間がだいぶ過ぎていたことに気づいた。
今日は寺子屋の終わりがいつもより遅くなってしまったので、左京が矢ノ彦たちを送っていっていた。香夜は残って寺子屋を片づけて、そのまま住まいの片づけもしていたら、こんなに陽が暮れていた。左京はまだ戻っていない。子どもたちの家を一軒ずつ回ったとしても、時間がかかりすぎている。
何かあったのだろうかという、帰りを待つ者としては自然な心配とともに、左京がこのまま戻ってこないのではないかという不安が湧いた。
――左京はいつも走ってどこかへ行ってしまうから。
昔の想いが蘇る。
寄り添えない悲しさと何もできない無力感とに立ち尽くして、暮れゆく空を見ていた日々。赤く染まる空は美しくて、恐ろしかった。
もうあの頃とは違うとわかっているのに、まだどこかで、左京がひとりになるためにどこかへ行ってしまうのではないかと思ってしまう。
(左京さん……)
香夜はたまらず外に出た。
太陽は大きく滲んで、西の空を赤く染めている。
あの頃と同じ美しい夕焼けに、香夜は足を止めた。
左京が溶けていく赤い空。
胸がつきんと痛む。
しかし、その痛みに囚われる前に、香夜は赤い空の中に影を見つけた。
「あ……」
香夜の胸に喜びと安堵が湧いて広がる。
「左京さん!」
香夜はまるで飛びつかんばかりの勢いで駆け寄った。
「香夜さん。どうかしましたか。何かあったのですか」
左京が驚き、それから心配そうに香夜の顔を覗き見る。
「す、すみません」
落ち着きのないことをしてしまったと恥ずかしくなって、香夜は謝った。
しかも、その動機も恥ずかしい。
香夜は、なんでもないんです、と言おうとした。
「なんでもないは駄目ですよ」
しかし、左京に先んじられてしまう。
左京は、誤魔化すのは許さないとばかりにじっと香夜の目を見つめてきた。
(うっ……)
話すのは恥ずかしい。それに左京は気を悪くするかもしれない。しかし、話さなかったり、誤魔化したりしたら、左京は傷つくのだろうなと思う。
「……夕焼けをひとりで見ていたら、寂しくなってしまったんです」
「え?」
香夜が言うと、左京は目を瞬いた。
「左京さんは、私が追いかけることのできないどこかへ行ってしまって、私はひとりで置いていかれたような気になってしまったんです。だから、帰ってきてくれる左京さんを見て、とても嬉しくなって。すみません、もうそんなことはないのに……っ、左京さん?」
とても真剣に聞いていた左京が、突然抱きしめてきたので、香夜はびっくりして左京を窺った。
「謝らないでください、香夜さん。これまで私がしてきたことがあなたを不安にさせているのですから。悪いのは私です。申し訳ございません」
ぎゅっと強く腕に力がこもる。あの頃を考えれば、こうして左京に抱きしめてもらえるだけで夢のようなのに、強い力から離さないという想いが伝わってとても幸せだった。今は、あの頃信じられなかった明日がある。
香夜はそっと左京の袖を掴んだ。
「左京さんも謝らないでください。今はこうしてここにいてくださる。帰ってきてくださる。それだけで幸せです」
「はい。私は二度とあなたを置いていったりはしません。私は、あなたの元に帰りたい。あなたとともに生きていたいのです」
「はい」
左京が、生きなければではなく、生きたいと思ってくれていることが嬉しい。これまでが悲しく苦しい日々であったなら、これからはあたたかく、喜びに満ちた日々を送ってほしい。その左京の隣にいることができるなら、それほど幸せなことはない。
左京がそっと体を離し、香夜の手を取る。女人のように美しい左京だけれど、蛍丸を振るうその手は骨ばっていて、香夜の手を包み込んだ。左京は自身の手をあまりよく思っていないようだが、香夜にとっては安心を与えてくれる愛しいものだ。
香夜は想いを込めて手を握り返す。
すると、左京が香夜を振り返り、嬉しそうに微笑んだ。
「帰りましょう」
「はい」
茜さす空も、手をつないでいれば恐ろしくない。
「帰るのが遅くなったのは、寺子屋に通いたい子どもがいるという話を聞いていたからなのです」
「そうだったんですね。どんな子なんですか」
「樹という名の男の子で――」
左京の話を聞きながら家に入る。
ふたりの後ろで、空はゆっくりと柔らかな夜へと移ろっていった。
おわり
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