前夜
ツイッターで書くお題を決めてもらうという他力本願プレイをさせてもらいました。
投票してくださったみなさまありがとうございました!
既視感ありありは大目に見ていただけると嬉しいです。
同じタイトルの師匠と晏而の話を書いたのは覚えていますが、今回は孔花です。
前夜
紺碧の空に、星が輝いている。
隆中の山奥の、いつも星読みをする見晴らしのいい高台で、空を仰いで、孔明は顔を顰めた。
空の様子からすると、明日は晴れだ。ここ数日の荒天で閉ざされていた道も回復する。となると、彼は来るだろう。
(面倒だなあ)
はあ、と孔明は大きくため息をついた。
星はまだそれを告げていない。明日で、彼の訪問は三度目だが、孔明が彼と会うのはまだ先のはずだ。
彼――劉玄徳――「玄徳さん」と。
(孟徳さんと文若さん)
懐かしい声が蘇る。
柔らかな声は、親しげに、まるで知り合いのように、当世随一の権力者とその補佐の名を呼んでいた。
たぶん知っていたのだろう。
どういうからくりなのかはわからないが、そう思う。
世に曹孟徳や劉玄徳が現われて、彼女が未来を語っていたのだと知ったとき、それほど驚きはなかった。
彼女はやはり仙女様なのだと思っただけだ。
(でも、お世話になってないじゃないか)
孔明は恨みがましく星を睨む。
玄徳の周りをどんなに調べても、彼女はいなかった。玄徳と知り合っても、彼女とは会えない。
それがますます玄徳の訪問を億劫にさせる。
やっぱり面倒だ。どうやってかわそうか――と考えながら、孔明は庵へと戻っていった。
紺碧の空に、星が輝いている。
明日は晴れるだろう。
洛陽攻略にちょうどいい――なんて、考えていないのだろう、と亮は、少し離れたところに立つほっそりとした背中を見つめて思った。
花は空を見ている。
明日、洛陽を攻略するという気負いは感じられない。
ただ、立って、空を見ている。
こういうとき、花が何を考えているのかわからなくて、亮はどうしようもなく焦燥感に駆られる。花が遠く思えて怖いのだ。
「花!」
たまらず呼びかけると、花は振り返った。
「亮くん」
その目が亮を捉えて、その口が名前を呼んでくれることに、ひどくほっとする。
「花、眠れないの?」
それは、自分のことだ。
明日、いよいよ洛陽攻略だと思うと、気持ちが昂る。
けれど、花からはそういったものを感じられなかった。だから、あえて聞いた。同じだと言ってもらいたいわずかな望みのために。
「うーん――そうなのかな」
花は首を傾げて、考えている。
つまり、違うのだろう。
「星が見たくなったから、そうかもしれないね」
しかし、花は亮の考えに反して、頷いた。
「前に私が迷ったとき、師匠が星を指して話をしてくれたことがあったんだけど、それから、星を見ると落ち着くんだ」
また例の師匠の話だと、亮は面白くなくて目を伏せる。
確かに、花自身が言うように、寝つけないから星が見たくなったともいえるが、そうではなくて、明日が重要な一日だから、師匠とその教えを思い出して、心を整えていたという方が正しいように、亮には思えた。
(花の師匠なんて、変人じゃないか)
いつか絶対に越えてみせる。そして、誰より花に頼りにしてもらうのだ。
「亮くん」
ふいに、花に手を握られて、亮はびっくりして顔を上げる。
「明日、がんばろう」
ね、と花は笑いかけてきた。
もしかしたら、花の師匠について考えている間に、顔が険しくなっていて、それを花は緊張と誤解したのかもしれない。
違うと否定したくなったが、そんな自分の小さな自尊心よりは、手を握ってもらえたことを優先して、誤解はそのままにしておいた。
「うん。でも、洛陽を落としたあとも大変だよ。ボクたちの行いが正しいことをみんなに認めてもらって、正しく政ができるように整備して、法律も官吏もいちから見直して、荒れた田畑を手入れして、戦も飢えもない、みんなが安心して暮らせる国を作らなきゃ」
亮は一気に捲し立てる。
いつになく饒舌なのは、不安だからだ。
――明日の戦が終わったら、花はいるだろうか。
こうしてつないでいる手を放さないでいたら、ずっと一緒にいられるのだろうか。
「うん、そうだね。やることたくさんだね」
亮の言葉にきちんと耳を傾けて、花は真面目に頷いている。
「……いっしょにがんばろう?」
「うん」
亮がぎゅっと花の手を握りしめると、花は笑って頷いた。
その笑顔に、心に生じていた明日への不安がほんの少しやわらぐ。
大丈夫。
明日もきっとこうして話せる。
洛陽を落としたことをお祝いして、次の手を議論して、そして、そして――。
目を開けていられないほどの目映い光。
「ボクも行くから!」
力の限りの絶叫に、はっと孔明は目を開けた。
辺りは薄暗い。
静かだ。
煙塵も怒号も強烈な光もない。
ただひたすらの静寂。
暗闇に慣れた目が捉えたのは、粗末な庵の天井だった。
孔明は大きく息を吐く。
今は今だ。
重怠い体を起こし、深呼吸する。
目を閉じれば、あの日の強烈な光が見えた。
あのときの夢は珍しくない。これは予兆でもなんでもない。ただの願望だ――花に会いたいという。
目を閉じたまま息を整えると、孔明は立ち上がり、庵を出た。
ひんやりと清かな空気に、頭がすっきりする。
庵の外もやはりしんと静かだった。
うっすら明るい。夜が明けようとしているのだろう。
慣れた道を歩き、星見の高台に出る。
生い茂る木々を置き去りにして、開けた世界、その空は、薄紫色に染まっていた。
世界が目覚める前の静謐な時。人の声はもちろん、獣たちの声も聞こえない。みんな眠っているのだ。
誰も争わず、傷つけず、たゆたうように眠るこの朝を美しいと思う。
「花」
名を呼べば涙が滲む。
けれど、それをこぼすことはよしとしなかった。
まだ何もなしていない。
涙を拭い、前を向く。
胸を張って、花に会うのだ。
いつか再び会ったとき、今度こそ、花の手を取り、共に歩きたい。
花の見る世界を作るために、力を得てきたつもりだ。
花に、いい弟子だと言ってもらいたい。
花の師匠よりも頼りにしてもらいたい。
一緒に国を作るのだ。
太陽が徐々に姿を現し、世界を照らし出す。
明るい。
目覚めゆく空に、きらりと光る星を見た。
――花に会えますように。
何千となくかけた願い。
己の全てを賭して歩いてきたこの道が、彼女の行く同じ道でありますように。いつか、追いつけますように。この先にいるはずの彼女に。
目を開けていられないほどの目映い光。
知っている。
ドクン、ドクンと、期待と予感と確信と、不安とが、心臓を強く打つ。
花。
おわり
jmnhoyhff
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