サンプル:うたたね(あんスタ・まおあんりつ)
私立夢ノ咲学院、新進気鋭の二年生ユニット『Trickstar』のメンバー、氷鷹北斗、明星スバル、遊木真、衣更真緒と、転校生プロデューサーのあんずは、深刻な顔をして二年A組の教室で北斗の机を囲んでいた。
「あと三日しかない」
北斗はいつにもまして厳しい顔で腕組みをし、睨めつけるように机の上を見ている。
「これは俺の落ち度だ」
「いや、お前のせいじゃないって、北斗」
深く反省する北斗に、真緒がすかさず言う。これは真緒がフォロー慣れしているからではなく、心からの言葉だった。
「衣更、力を貸してくれ」
北斗は顔を上げて、真緒を見る。
ふたりの間には固い友情と決意があった。
「あんずはお前に任せる。遊木、お前は俺と一緒に来い」
「えっ、おっ、俺は!?」
名前を呼ばれなかったスバルは、慌てたように手を挙げた。
「お前は家に帰って寝ろ」
「なにそれ! 俺だけ仲間外れっぽくてやだなー」
北斗が簡単に片付けると、スバルは不満いっぱいに頬を膨らませる。
「いや、それがいちばん勝率が高い。とにかく――」
北斗は重々しく首を振り、ここまでひとことも言葉を発しない真とあんずを見据えた。
「遊木とあんずが留年になったらしゃれにならん」
「すみませんでした!!」
リーダーであり委員長の大きな大きなため息に、真とあんずは声を揃えて謝った。
五人の真ん中、北斗の机の上にあるのは、今日戻ってきた小テストの答案だ。小テストとはいっても、中間テストが近いので、それに対応したつくりになっている。つまり、これでまあまあの点が取れれば安心できる代物なのだが、真とあんずはものの見事に赤点を取っていた。
燦然と輝くさわやかな数字に北斗が驚愕し、隣のクラスの真緒も呼んで『Trickstar』緊急会議となったのだ。
模擬試験のようなこのテストでの赤点は、かなりまずい。ユニットのリーダーとして、転校生の面倒を見てきた委員長として、北斗には看過できないことだった。
ちなみに北斗とスバルはクラスで一番、二番を取っている。さすがは『Trickstar』――夜空に輝くいちばん星だ。真緒の結果は聞いていないが、生徒会役員でもある彼が赤点のはずがない。
「善は急げだ。行くぞ、遊木」
「わっ」
北斗はすっくと立ち上がると、真の腕を掴んだ。強引に引っ張り上げられた真は、慌てて眼鏡を押さえている。
「明星、邪魔をしないと言うなら一緒に来てもいい」
「ほんと? 邪魔なんてしないよ~」
寂しそうなスバルに温情をかけたのか、置いていったらあんずたちの邪魔になると思ったのか、北斗はスバルにそう言った。スバルは嬉しそうに顔を輝かせ、すぐにかばんを掴んで立ち上がる。
「それじゃあな、健闘を祈る」
「おう」
北斗の視線は、あんずではなく真緒に定まっていた。本人より、教える側の自分たちにかかっていると思っているのだろう。
「あ、あああんずちゃんがんばって~!」
「ま、真くんもーー!」
北斗に引っ張られるようにして連れて行かれる真が、あんずの方に手を伸ばしながらその手を振る。見送るあんずも真に手を振り返し、少し涙ぐんだ。さながら抗えない力に引き裂かれるふたり――といったところだ。
「うう、ロミオとジュリエットの気分」
「なんだそれ」
「できない同盟結んでいる真くんと離ればなれで心細い」
「それは早々に解散しろ」
「はい」
ぐすっと鼻をすするあんずの頭を、真緒が呆れたように丸めたノートでぽかりと叩いた。
全く強くないので痛くはないが心が痛い。あんずのこれから育つ予定のささやかな胸は申し訳なさでいっぱいだった。
--(中略)--
「ねえ、炭酸ジュース買ってきてよ」
「え、ジュース……?」
こたつの中で凛月に足をつんつんと突かれて、あんずはのそりと体を起こした。正方形のこたつの、凛月とは向かいのところにいるので、寝転がっていると、その姿が見えないのだ。起き上がって見れば、凛月は深々とこたつに潜っていた。自らが動く気配はみじんもない。
「あんずを使いっ走りにするな」
真緒がすぐに凛月をたしなめてくれる。
(うーん面倒だけど、動くのはいいかも)
真緒には感謝しつつ、あんずは、お使いに出てもいいように思った。
真緒の家から最寄りのコンビニエンスストアまでは歩いて数分だから、ちょっと外の空気を吸うにはもってこいだ。部屋の中は暖かく、このままでは寝てしまいそうなので、リフレッシュのためにいちど外に出るのはいい考えだろう。
「ありがとう、真緒くん。でも大丈夫。このままだと寝ちゃいそうだから行ってくる。プリン食べたいし」
あんずは勇気を振り絞ってこたつから出た。こんなきっかけでもないと、こたつから抜け出すのは難しい。
「じゃあ俺も行く。もう外暗いし、ひとりじゃだめだ」
真緒も立ち上がって上着を取った。
世話焼きで苦労性という点で似た者同士のふたりは、凛月のジュースを買いに行かないという選択肢があることに気づいていない。
「…………」
身支度を整えるふたりを見つめていた凛月が、ふいに真緒のコートの裾を掴んだ。
「駄目」
「え? 何が?」
唐突な駄目出しに戸惑って、真緒は聞く。
「どっちか残ってよ。ふたりで行くのはずるい」
「なにがずるいんだよ」
凛月の言い分には、さすがの真緒も呆れて、凛月の手を払った。
「なら、おまえがいっしょに来てあんずが残る、だな」
「えーやだよ。寒いし」
真緒の提案に、凛月はますますこたつに潜り込む。真緒は仕方なさそうにため息をついた。
「あー、わかったよ」
長い付き合いの経験から、凛月がこたつからてこでも動かないことを悟って早々に諦めたのだ。凛月が行かない、あんずをひとりで行かせられない、では、もうこの話の落としどころはひとつしかない。
「俺が行ってくるから、ちゃんと勉強してるんだぞ?」
まるでお母さんのようにふたりに言うと、真緒は財布を掴んで、身軽に部屋を出て行った。
「あ、真緒くん」
あんずが口を挟む間もなかった。すぐに玄関のドアが開閉する音がして、真緒がもう外に出てしまったことを知る。
「行っちゃった」
家主を行かせてよかったのだろうかと思いながら、宙ぶらりんになってしまったあんずは、仕方なくコートを脱いで、こたつにまた戻る。
真緒のいたところがぽっかり空いて寂しい。凛月がどちらか残ってと言った気持ちがわかるような気がする。もちろん凛月の言い分は完全にわがままでしかないが、こたつはひとがいないと寂しいのだ。
「ま~くんいなくて寂しい?」
「え……」
ふいに凛月に問われて、あんずは顔を向けた。凛月がこたつの天板に顎をのせて、あんずを見ている。その目は眠そうなのに、ずばりと心の中を見抜いてきて、びっくりだ。そんな気持ちが顔に出たのか、凛月は肩を竦めて言った。
「飼い主に置いていかれた犬みたいな顔してる」
あんずは頬をさする。ひどくわかりやすく情けない顔をしていたようだ。
「ね、こっち来なよ」
凛月はぽんぽんと体の前で天板を叩いた。こっち、というのは凛月のいるところのことらしい。
あんずは誘われるまま、こたつを回って反対側の凛月のもとへ行った。
「わっ」
凛月が体をずらしてスペースをあけたので、その隣に座ると、凛月はあんずに背中から抱きついてきた。そのままごろりと床に転がる。
「ほんとあんたっていい匂いだよね」
凛月はいつものようにあんずの首筋に鼻を埋めた。