『きらきら星の砂の海』をお手に取っていただきありがとうございました!
9月のAMでは、直接やお手紙でご感想を聞かせていただけまして、めちゃくちゃよろこびの舞を心の中で舞っておりました。ありがとうございました! 失礼なくらい恐縮してしまうのほんとうにやめたいのですが、どのお言葉もとっても嬉しかったです!
本のあとがきとかぶっちゃいますが、潔くん本は「#スタマイの好きなシーン」(長期メンテ中にツイッターに投稿されたハッシュタグ。使われていたものはもっと長いです)が出発点で、あのS4の一連のシーン大好き~~という気持ちと、スタマイの好きな要素をつめつめした、私の好きなものがつまった本なので、好きやよかったと言ってもらえると、なんだかとっても握手してもらったきもちです。ありがとうございました!はげしくよろこびのまい。メインストいいですよね!
装丁もよかったよ~~と言ってもらえて嬉しかったです。わーいわーい。いつか本体に気づいてもらえたら嬉しいな~と思って特に触れずにいたのですが、おたくはカバーをめくるものだと言われて、なるほど私も絶対にめくるなと思いまして、頒布終了もしましたのでみなさんめくり終わっていると想定して、ここで公開しちゃいます。こんな感じでした!
カバー
本体
外と中の潔くん、伝わってとても嬉しかったです!
話の内容が固まったら本文より先に表紙を作るタイプでして、本体の表紙の大枠のイメージが、潔くんのランイベと3周年のマップストの潔くんの瞳の描写(そこの一連のおはなしも大大大好きで、復刻したら大騒ぎしますね)からあって、それでまず本体だけ作っていたのですが、そのあいだにカバーのアイディアが浮かんで、これだ~~!となったので、お手に取ってくださった方が、それ~~!って思ってくださったのとても嬉しいです。
美しいものを覆っているところと、(私が)めくるというアクションで美しいものがわかったり、たとえばカバーがずれるなどの偶発的なことで美しいものだとわかったりが、いまのところ私が読んだことのある潔くんにぴったりではないかと思いました。
きれいな星空等は素材をお借りしています。表紙がかわいくできたのはすてきな素材のおかげ、きれいに印刷してくださった印刷会社さんのおかげです。ありがとうございました!
(いやほんと、この本はサンライズさんにお願いしたのですが、こまやかにご対応いただいて感謝です。カバーにマットPPついたのはサンライズさんのおかげです笑 マットPPつけてよかった。サンライズさんいつも丁寧に確認してくださるので、手を煩わせないようにするぞ!と入稿するのですが、やっぱりちょいちょい確認されてしまう…いつもありがとうございます)
お礼もみてみても140字にまとめられずにこんなページ作ってしまいまして、読んでくださりありがとうございました! 本を読んでいただけるだけで嬉しいのですが、感想もお伝えいただいて、わーいわーいと浮かれた結果の所行です。浮かれているので、最後に、この本を作る過程で生まれたこばなし2作を再録します。
どのはなしも、読んでくださりありがとうございました!
★再録こばなし
ちいさな星々:3周年マップストの潔と志音
いつでもあなたを:付き合ってる潔玲
2023/7-9 無料配布「Little Little Stories」より再録
3周年イベントマップストの潔と志音
玉座に座すオルフィネーゼ第一王子ソーマとその傍らに立つ第二王子イツキ。通路を挟んで、ソーマの左右に分かれて立つ第三王子春と第四王子アキ。そして、ずらりと並ぶオルフィネーゼの王族、貴族。強国オルフィネーゼを見せつけるような人の数。生まれたてのひよこのような国にも、隙なく威容を見せつける。それがオルフィネーゼという国だ。第五王子の潔は、春の背に隠れるようにして、息を潜めて立っていた。
謁見の間の扉が開く。
一斉に、人々の視線――好奇とある種の蔑み、畏怖をはらんだ――が向いた。自分に向けられたわけでもないのに、そのあからさまな興味に、潔は心臓が止まってしまいそうになる。しかし、現れたスパーチアの人たちは、動じる素振りを見せないどころか、眉ひとつ動かさずに、ソーマの前へと進んでいった。彼らの歩みに合わせて、広間を埋めたオルフィネーゼの者たちが静かになっていく。そうして、潔にもはっきりと見えるようなところまで来る頃には、スパーチアの人々の衣擦れの音だけが響いていた。
彼らは、建国の挨拶に来たという。彼らの祖国ジーザヴォーラスを打ち倒して、スパーチアという国を作った。武力で為政していた国を武力でもって制したのだから、スパーチアもジーザヴォーラスと変わらないのだろうと、革命当時、オルフィネーゼ国内も緊張に包まれたのを、潔は覚えている。
はじめて見たスパーチアの人々は、みんな体が大きく、たくましくて、その立派な体に、黒い衣装を身に着けていることもあって、とても厳めしく屈強そうに見えた。武の国といわれるのも然りだ。武人だからか、不躾な視線を浴びているからか、国ができたから挨拶に来たらしいのに、にこりともしない。赤い髪の人も黒い髪の人も銀の髪の人も、まるで彫刻のように表情が一定で、まっすぐに前を見据えて、余計なものを目に入れようとしなかった。
その中に、志音がいた。
カワセミのような青い髪のきれいな王子。潔とそれほど年は変わらないだろう。体つきがまだ少年のようだからか、それともまだ幼さを残した顔立ちだからだろうか、他の人たちと同じように黒い服を着ているのに威圧感がない。屈強な人びとに囲まれて、ひどく華奢に見えた。あの王子も成長したら、周りの人たちのように筋骨隆々になるのだろうか。
潔は、赤い髪のひとに促されて、ソーマに挨拶をする少年を、春の肩越しに見つめていた。
「あ」
「ひぃっ」
挨拶の場には参列するように言いつけてきたソーマも、宴にずっといろとは言わなかったので、乾杯のあと、潔はそっと広間を抜け出して、ほとんど人の来ない庭のはずれにいた。潔ひとりいなくなっても誰も気に留めないし、むしろいない方がよいだろう。潔が人前に出るのはオルフィネーゼの品位を汚すと、一部の貴族たちが言っているのを知っている。潔も出なくてよいのであれば出たくない。そうでなくとも人前は苦手だ。けれど、ソーマはいつも潔にも出席するように言う。食事も行事も必ず呼ぶ。それは、あの人の清廉な心からだと思うし、たぶんきっと、潔が本当に出たくないと言ったら、それを受け入れてくれると思うから、潔は出なくてはいけないと思うのだ。とはいえ、出たくないという気持ちを我慢して参加しているから消耗が激しい。しばらく人と会いたくなくなる。そうして、庭でひとりになってほっとした矢先、草陰から誰かが現れて、死ぬほど驚いた。
「ご、ごめん」
潔の驚きように驚いたように、目をぱちぱちさせているのは、さきほど広間で見たスパーチアの志音王子だった。
なんでこんなところにと思いながらも、志音に謝られて、潔は焦る。潔なんかに謝ってもらうなど恐れ多い。
「い、いえ、こちらこそ驚いてしまって申し訳ありません。す、すぐに消えますので!」
「君、さっき広間にいたよね」
頭を下げる潔を覗き込むようにして、志音はなぜか嬉しそうに話しかけてきた。顔を見られるのは苦手なのに、志音の瞳がきらきらしていて、潔は思わずその視線を受け止める。目が合うと、志音はにっこりと笑った。
「ひっ」
「わっ」
あまりにも眩しくて、潔は反射的に飛びのく。自分なんかに向けられるべきものではない。分不相応だと思ったからだが、それは結局、志音から不作法に突然距離を取り、驚かせることになってしまって、潔は勢いよく青ざめた。
「も、申し訳ありません、し、しし失礼なことを」
「ううん。俺が驚かせちゃったから。ごめんね」
「そ、そんな! とんでもないことです!」
立て続けの謝罪に、潔はいっぱいいっぱいだ。だれかにこんなに謝られたのは、母以来だった。
それに、潔と話をしていると、たいてい相手はイライラしだすのに、志音はそんな気配もなく、自分と潔の間の距離を確かめるように見て、潔を窺ってきた。
「近くに行ってもいい?」
「えっ、は、はい、わ、私が動きます!」
「ふふ」
志音の前から立ち去るべきなのに、志音が楽しそうに近づいてくるので、潔は慌てて自らも志音に歩み寄る。結局、さきほどと同じ距離になった。手を伸ばせば触れられる近さだ。気持ち悪くないのだろうか。
「さっき、スパーチアの野兎みたいだった」
「あっ、そ、そんな。スパーチア野兎は、ほかのところの野兎と比べて体格も大きく、時速七十キロで走れる強靭な足を持っていて、わ、わ私など全く及びません」
スパーチアの野兎に申し訳なくて、潔はぶんぶんと頭を横に振る。しかし、志音が驚いたようにまた目をぱちぱちさせているのを見て、潔は失言に気づいた。動物のことになると口数が多くなって、相手が求めてもいないのに話してしまう。またやってしまった。
「も、申し訳ありません。ぺらぺらとつまらないことを」
「ううん。すごくたのしい。君は、動物に詳しいんだね。もっと聞かせて。俺は志音。君は?」
「え……」
潔は目を見開いた。
これまで、饒舌な潔に顔を顰める人ばかりだった。それなのに、志音は楽しいと言ってくれる。それだけでも、動物のことを考えるときのように胸が膨らむのに、名前を聞かれた。
(俺の名前を知らない……)
潔が名前を聞かれるのは、生まれてはじめてのことだった。この国では、誰もが潔の名を知っている。腫物や汚点と同じ意味で。けれど、志音は、潔の名前も出自もなにも知らない。オルフィネーゼから出たことのない潔は、はじめてそんな人間と出会った。それは、潔に広い世界を感じさせた。この世界には、オルフィネーゼ以外に六国があって、海の向こうには大陸がある。知識として知っていたそれらが質量を持ち始める。
「い、潔と申します」
答える声が震えてしまう。
「イサギ王子」
志音は確かめるように復唱する。
(あ……)
志音に名前を呼ばれて、心が喜びに震えた。それと同時に、棘のようなものが刺さった。
ちゃんと伝えた方がいいだろうか。「潔」は、ジーザヴォーラス由来の名前だから、志音と同じように、固有の文字を持っているのだと。「イサギ」ではなく「潔」だと。
いや、違う。恐れ多いことに、いいかどうかではなくて、そうしたいのだ。志音にちゃんと知ってもらいたい。潔自身にはなにも価値のあるものはないけれど、父と母がつけてくれたこの名前は大切に思っている。
けれど、ジーザヴォーラスの名を出してもいいのかがわからなくて、ためらった。ジーザヴォーラスに思うところがあって倒したのなら、そんなことを言われたら気を悪くするかもしれない。
「俺、なにか違った?」
「えっ」
潔が迷っていると、志音が首を傾げた。
「なにかを言うかどうか迷ってる。俺に失礼かどうかなら、なんでも気にしないでだいじょうぶ」
潔は、目を瞬いた。
この少年はとても聡いのだ。潔の所作から、その思考を的確に読み取っている。
「は、はい」
「それに、俺に敬語もいらないよ。むしろ、俺の方が年下だと思うから、俺が敬語使わないといけないんだけど」
「えっ、滅相もない。俺に敬語なんて」
「うん。なら、イサギくんも敬語なし。あ、イサギくんって呼んでいい?」
「はっ、はい。なんでも。志音様の呼びたいように呼んでください」
そう言うものの、志音に「イサギくん」と呼ばれて、潔はドキドキしていた。そんなふうに呼ばれたのははじめてで、くすぐったい。
「俺のことも志音って呼んで。様はいらない」
「そ、そんなことはできません。様が駄目なら、志音王子はどうでしょう」
「王子禁止」
「志音、殿下」
「殿下もだめ。そうしたら、俺もイサギくんに殿下とか様とかつける」
志音は頑固に首を振り続ける。
潔が他国の王子に敬称をつけないなんて、志音が許しても、オルフィネーゼの貴族たちが許さないだろう。オルフィネーゼの恥だとか、礼儀がなっていないとかの批判が嵐のように来ることは容易に想像できた。
「志音」
しかし、志音も譲らない。
困りつつも、子どものような頑固さが少しおかしくもなってくる。
きっと志音とはこれきりだ。この庭を出たら、もう二度と話すこともない。それならば、志音の希望を叶えてもいいだろうか。
(ううん、俺が呼んで、みたい)
貴族たちに非難されても、今この時間のことを思い出せば、耐えられるように思った。
潔はごくりと唾を飲み込む。
美しい響きの言葉を間違えずに言いたい。
「志音くん」
ただ名前を呼んだだけなのに、心が舞い上がって、ふわふわする。
なんてまろやかな響きだろう。
「うん」
潔に呼ばれて、志音は嬉しそうに頷いた。
それに、潔も胸がいっぱいになって、ぎこちなく笑う。
友達というものはこんな感じなのだろうか。とてもあたたかい。
「あ、でも、やっぱり『くん』なしで、『志音』がいい」
「えっえええ」
志音がさらなる課題を課してきて、潔は腰が引ける。それはだめだ。自分なんかが誰かを呼び捨てにするなんて。
「無理ならいいけど」
「っ」
そう言いながらも、上目遣いで見てくる志音に、潔は一瞬言葉に詰まった。抗いがたいなにかを感じる。しかし、どうにか理性を手繰り寄せて、潔は首を横に振った。
「いっ、いや、俺が無理とか、そういうんじゃなくて、し、志音王子を」
「王子禁止」
「あっ、え、と、志音くん――」
「うん」
潔が、「志音くん」と呼ぶと、志音はにこにこと嬉しそうに笑う。
その笑顔が、潔も嬉しくて、それ以上無理だと続けられなくなった。志音が気にしないのなら、今だけ、ここでだけ、そうしたい。ここには他に誰も来ない。
「……ううん、なんでもない」
潔はゆっくりと首を横に振る。
そして、今だけの名前を呼ぶ。
「志音」
「うん。ありがとう、潔くん」
志音は、とびきり嬉しそうに笑った。
やっぱり子どもみたいだ。希望が叶って喜ぶ子ども。潔もつい笑ってしまう。
潔にとって、人の心をそのまま受け取るのは難しいことなのに、なぜか志音は、まるで鳥や猫のように、気持ちが伝わってきた。素直なのだろう。だから、志音が嬉しそうなら嬉しいのだと思える。志音は、自分なんかに名前を呼ばれて、嬉しいのだ。そう思うと、潔は志音にちゃんと名前を呼んでもらいたくなった。そんなことをお願いするなんておこがましいことなのに、今なら、志音になら伝えてもよいのではないかと思えた。
「し、志音。あの、俺、潔ってこう書くんだ」
潔は、しゃがんで地面に指で「潔」と書く。
志音は大きな瞳をさらに大きくして、その文字を見つめ、潔の隣にしゃがんだ。
「おれは、『志音』」
「潔」の隣に「志音」が並ぶ。
潔と志音は、顔を見合わせて笑った。
それから、潔は勇気を集めて、告白する。
「し、志音。あの、気を悪くするかもしれないから、嫌だったら言ってほしいんだけど、お、俺の母はジーザヴォーラス出身なんだ」
「そうなの。うれしい」
緊張しつつ「ジーザヴォーラス」と口にすると、志音はただ顔を輝かせるだけだった。志音にとって、ジーザヴォーラスはタブーではないらしい。かの国を打ち倒したのは、憎しみからではないのかもしれない。
「あ、でも、潔くんこそ嫌じゃない? 俺たち、潔くんのお母さんの国をなくしちゃった」
なんともさらりと革命について触れる志音に、潔は心臓がばくばくする。自分とあまり変わらない年なのに、強い意志を持って、国のことを考えて、国を変えたのだ。それを尊敬したし、今まで何事も為していない自分が恥ずかしくなった。どんな身でも、なにかをすることはできるはずだ。今、はじめて強く、自分の足で立たなければと思った。ソーマの庇護のもとではなく。春の背の後ろではなく。
「い、いえ、母の記憶もほとんどないし、ジーザヴォーラスには一度も行ったことがないので、申し訳ないけど、遠い国で――」
潔は膝を抱えて、地面に書いた潔と志音を見つめる。
この身の半分はジーザヴォーラス。その関わりが影を落として、ずっと後ろめたい気持ちでいた。
「俺の母は、ジーザヴォーラスから父上に嫁いできた姫君の侍女で、姫君が病で臥している間に、俺を身ごもったから、すごく非難されて……俺は、そういう生まれで、本当は、俺なんかと仲良くしていたら、志音によくないんだ。だから――」
「潔くん」
今だけなんだと潔の文字を消そうとした手を、志音に掴まれる。
志音はそれまでののんびりとした雰囲気ではなく、とても真剣に、まっすぐ潔を見つめていた。
「オルフィネーゼで、それがだめなことなら、いつかスパーチアにきて。俺がぜったいに潔くんが楽しく暮らせるようにする。でも、俺がなにかしなくても、潔くんは楽しく暮らせるとおもう。潔くんは、動物に詳しくて、すごくやさしい人だから。俺たちはそのためにスパーチアを作ったんだ」
「志音」
「俺は、潔くんと仲良くしたい」
また、ふんわりとした笑顔で、志音は言った。
手首を掴まれているから逃げられない。
潔は、こみあげてくる熱いものをどうにか堪えた。でも、目元も口元も震えてしまう。
「うん。ありがとう」
その日から、スパーチアは志音のいる国だ。
2023/7-9 配布ペーパーより再録
潔玲
前を見ていた玲の視線が、なにかに気づいたようにはっとする。きらきら輝く彼女の目を引いたものはなんだろうと、潔はその視線をたどって、飛んでいるエナガを見つけた。エナガは潔と玲の前を横切り、左側の木の枝におりたつ。玲の目は、エナガに釘づけだ。
エナガ。スズメ目エナガ科エナガ属。
いつものように頭の中に瞬時に浮かぶエナガの情報。
「潔くん」
「はい、――」
あれはエナガ。
「ちょっとごめんね」
「っ、は、はい」
玲から「あれはなんて鳥?」と聞かれるつもりで、「あれはエナガです」と言おうとした舌がもつれながらも止まった。よかった。聞かれていないことを答えるところだった。玲は断って立ち止まりスマホを取り出している。エナガを見ていたように見えたのは勘違いで、なにか着信があったのかもしれない。潔は決まりが悪くて目を逸らした。
(じ、自意識過剰……)
いつでも鳥の名前が気になるはずもない。玲は優しいから潔に付き合っていただけかもしれない。本当は今日だって、公園でさんぽなんかするより、きらきらした街できらきらした飲み物を飲んだりする方が、玲は楽しいかもしれないし似合うし、連絡が仕事からだったら今日はここまでで――。
カシャ。
小さなシャッター音に顔を上げる。玲がエナガを撮っていた。
(あ、かわいい)
ふたりの身長差で、撮った写真を確認する玲の手元が見えてしまう。エナガの全体がきちんとおさまって、愛らしい顔もよく撮れていた。写真を確認した玲はそのままスマホの操作を続けるので、潔はまた目を逸らす。たまたま目に入ってしまったのと、覗き見るのは違う。でも気になって仕方がない。
(なにしてるんだろう。誰かに送ってるのかな……)
かわいい鳥だから写真を友達に送るというのはありえる。最近エナガの話をして、今見つけたから写真を送っているとかもあるかもしれない。でも誰に。ほんとうは何をしているんだろう。エナガのプロフィールが空転しているところに、玲が気になって仕方なくなって、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「エナガ」
玲が、ぽつりと言った。
(そう、エナガ)
潔に話しかけているわけではなさそうな、ひとりごとのトーンに潔は心の中で頷く。でも、なんとなく玲の気が自分に向けられているように感じてしまう。でも、それは自意識過剰か希望的観測だと言い聞かせて、潔は目を逸らし続けた。
「潔くん」
「はっ、はいっ」
突然、玲がくっつくように隣に並んできたので、潔の心臓はどきんと跳ねて、そのままドキドキと脈打った。体が触れても謝ることのない仲になったけれど、この体温が愛おしくて、やっぱりずっとドキドキするのだと思う。
玲は自分のスマホを潔に差し出した。表示されているのは、エナガの写真と説明が書かれたページだ。玲は画面と枝にいるエナガを見てから、潔を見た。
「エナガ?」
「は、はい。エナガです。スズメ目エナガ科エナガ属……あ、か、書いてありますね、すみません」
ついに聞かれて、潔はとうとうと語り出しかけ、自分で気づいて止める。それはすべて玲が見ているページに書かれていることだ。
「ううん。これ、鳥の名前がわかるアプリなんだ。写真から候補の鳥を出してくれるの。いつも潔くんに教えてもらってるから、ひとりのときに鳥を見かけると、あの鳥の名前はなんだろうってもやもやしちゃってて、このアプリ見つけたんだ」
「そ、そうでしたか」
アプリで検索していた、が正解。ひとりのときに潔のことを思い出してくれていることを嬉しく思いながらも、潔ももやもやしてアプリに視線を落とす。
(アプリに聞いていたのか……)
「でも結局、合ってそうだなあって思うだけで、ほんとうにそうかわからなくて。だから、潔くんと会ったときに、精度がいいのか聞こうと思ってたんだ。なかなかいいみたいだね」
「は、はい……」
よかったとスマホに視線を落とす玲に、潔は歯切れ悪く頷く。
これからも、玲はアプリに聞くのだろうか。今まで何回聞いたのか。何回、玲からの連絡をもらいそこねたのだろう。いや、そうじゃなくて。
玲に聞いてほしい。
いつでも。なんでも。
潔はぎゅっと拳を握りしめる。
「あ、あの」
勇気が振り絞れるのは、そうしてもいいと玲が教えてくれたから。
潔は、玲の目が自分に向けられるのを受け止めて、口を開く。
「気になったときは、いつでも聞いてくれて大丈夫、です。写真、送ってください」
アプリじゃなくて俺に聞いて、とまでは言えない上に、やっぱりどんどん声が小さくなってしまったけれど、どうにかそれを言い切れた。
玲は潔の気持ちをおしはかるように見つめてくる。
「えっ、迷惑じゃないかな? 私、結構鳥見つけちゃって……」
「だ、大丈夫です! 全然。気にしないで、なんどでも、何時でも聞いてください。真夜中でも、いいので」
遠慮しようとする玲に、潔はぶんぶん頭を振った。
あまりに勢いよく頭を振ってから、必死すぎて引かれたかもしれないと心配になる。けれど、玲はそんな様子はちっともなくて、嬉しそうに笑ってスマホをしまった。
「うん、じゃあ、潔くんにLIMEするようにする。真夜中はやめておくけど」
「は、はい」
玲が頷いてくれたことが嬉しくて潔も笑うと、なぜかほんのすこし玲の頬に赤みがさした。少しそわそわしているようにも見える。不思議に思って見つめると、スマホをしまった玲の手が空っぽで、潔はそれが気になって仕方なくなった。
「あの……」
「!」
勇気を出して玲の手を取ると、玲は驚いたような顔をしたが、それ以上に嬉しそうにして、潔の手を握り返してくれる。潔ももうすこしだけ力を込めて、しっかりと握った。
「この公園にもいっぱいいるかな」
「いっぱい、います」
「じゃあはりきって探そう」
「はい」
玲はわくわくした目でまわりを見回す。楽しそうでかわいらしくて、きっとまた玲ばかり見てしまう。鳥を見つけるのは玲が先だろう。
ありがとうございました!